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野洲川物語

南北両流跡探訪

南流跡・4C 旧列系図橋から旧天神橋まで
びわこ地球市民の森

左 岸 へ 右 岸 へ

初稿UP:2012.07.02
写真・特記したもの以外2012年06月撮影
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1.びわこ地球市民の森

 旧野洲川南流跡は、国道477号(浜街道)から下流、新川分岐までが県営都市公園「びわこ地球市民の森」として公園化されている。
   面積:42.5ha(甲子園球場の約10倍)
   延長:3.2km
   幅 :100〜200m
  整備事業期間:2000年度〜2019年度といい、現在まだ整備進行中である。


 地図05・びわこ地球市民の森残流水路に沿って
 滋賀県土木交通部都市計画課作成のリーフレット「びわこ地球市民の森」より
 ベース地図・国土地理院1/25000地形図「堅田」 2004年2月発行

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 北流のところでも述べたが、川とは不思議なものだと思う。放水路の完成と同時に旧南流は笠原側帯部で締め切られた。以下、下流部は川としての機能は有していないはずである。にもかかわらず流れは残る。
 列系図橋に至るまでは左岸・右岸に沿って別々に流れてきた残流が「おうみんち」のところで1本になり、地球の森へ流れ込む。公園内では左の地図に見るように歴然とした「流れのあと」が残っている。もっともそれが100%流れのあとか、それとも公園整備の都合で多少の曲折があったのかは分からないが。

 公園内の残流水路(私が作った言葉。正式名称は不明)には結構たくさん橋がかかっている。旧列系図橋から旧天神橋まで約1.5Kmの間だけでも9本かかっている。名前がないと話が進めにくいので、上流側から1,2,3・・と番号を打つこととする。しかし、第1橋、第2橋・・では味も素っ気もないので、「一の橋」(いちのはし)、「二の橋」(にのはし)・・・と呼ぶこととする。
 実はわたしが勤めていた京都の大谷高校の近く、本町通という古い街道にこの名が残っていた。石碑があるだけで実際の橋は残っていなかったが、「一橋小学校」の名は今も残っている。いい名だなと思っていた。それを思い出してここで使うことにした。(残念ながら小学校の読み方は”いっきょう・・”だったが。)
 上の地図05は、滋賀県土木交通部都市計画課作成のリーフレット「びわこ地球市民の森」をもとにわたしが橋の番号名を加えたものである。



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 写真51・残流水路
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  笠原町のほうから左岸に沿ってきた流れは、おうみんちの南側(写真51A)を駐車場に沿って流れ、国道にぶつかったところで右折、国道とおうみんちの間を北に向かって流れる。一方反対側、右岸から来た流れも同じ水路に逆向き(南向き)に流れ込む。当然正面衝突することになるが、そこが一段低くなっていて、両者は呉越同舟、国道下の暗渠に入る。上の写真は手前が右岸から来た南向きの水路。一段低くなって暗渠へ入る。

 写真52・地球の森駐車場
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 国道477号から公園へ入ったところに「出会いの広場」という直径100mあまり、円形の広場がある。その右岸側のふちにかつての機関庫を思わすような放射状の駐車スペースがある。出入り口は右岸道路からである。




 写真53・出会いの広場
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 出会いの広場、円周上遊歩道の国道側と正反対の場所に立つ。中央部が小高い丘になっていて、周囲が不思議な風景に見える。電柱は国道(浜街道)沿いのもの。おうみんちの建物は最上部だけ、その上にぽこんと三上山の頭が見える。




 写真54・公園入口
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 広い公園でとくにフェンスがあるわけでなし、入口といっても有名無実のものだけれども、一応形としては旧左岸堤防跡と国道との交差点が図面の上での入口ということになる。
 もっとも、この交差点は、現実としてはおうみんちへの入口といった方が話が早い。

 写真55・一の橋から下流を見る
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 国道をくぐった流れ(といっても実際にはほとんど動かず、茶色くたまったままの水だけれども)は、残流水路として、ずっと下流まで続く。
 これはその最初の橋。国道側からの入口を入って最初の橋である。遠くの集落は洲本町の左岸道路沿い。森は己爾乃神社。一の橋をもう一枚



 写真56・出会いの広場外周道路
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 橋を渡ると「出会いの広場外周道路」へ出る。ゆるく右へ右へと曲がっていく。紫陽花が咲き出している。







 写真57・あずま屋・トイレが見えてくる
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 すぐにあずま屋やトイレが見えてくる。国道側から見ればちょうど反対側に当たる。その前に小径が左へ分岐する。二の橋につながっていて、それを渡ると左岸跡道路を越えて己爾乃神社前へ出る。左岸跡道路を歩いていて時計台が見えた場所である。



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 写真58・二の橋から時計台を見る
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 二の橋から下流を見たところ。右の丘の上に時計台が見える。公園内にはいろいろなルートで遊歩道があるが、このページでは野洲川南流跡が目的だから、残流水路をたどることにする。二の橋から左岸沿いの遊歩道を進む。




 写真59・三の橋から上流側を見る
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 二の橋から約100mほどで三の橋である。左の写真は橋の上から上流側を見たところ。
 時計台は左の丘の上に見える。これが風景のポイントだと思うが、ご覧のように周囲にかなりの数の木が植えられている。木は間違いなく大きくなる。この風景もやがてはなくなる。



 写真60・三の橋から下流側を見る
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 三の橋から見た下流側。川は徐々に左へ曲がっていく。その先に遠くにランドマークの巨木が見える。旧南流堤防跡とおぼしき丘の上に生えている木である。遠くに比良山系が見えているがカスミがかかってはっきりしない。

 
 写真61・四の橋近く
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 川が再び右に曲がり出すと四の橋が見えてくる。今までの3つの橋はすべて二の橋で見たような木の橋でデザインも同じだった。ところがこの四の橋だけはスタイルが異なる。理由は分からない。でも私のようなアホな遊びをするものにとっては有り難い。次から次と同じスタイルのものが現れと頭が混乱する。



 写真62・四の橋から下流を見る
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 四の橋である。何とも可愛いつり橋。中央上に(残流水路下流右側)に立派な橋が見える。一見普通の道路に見えるがこれが遊歩道の橋である。わたしは勝手にこれを中央橋呼んでいる。
 写真で見ると残流水路が右へ曲がって橋をくぐるように見えるが、実際はそうではない。水路は橋と平行にこのまま直進する。反対側から見るとそれがよく分かる。橋の下はただの広場である。遊歩道をわざわざ堤防で持ち上げてこんな立派な橋を架けて、事情が分からない。カネの無駄遣いじゃないか。
 二の橋からたどってきた残流水路はそのまま続くが、左岸の道は少し下ったところで左へ曲がり、一般の左岸堤防下道路へ出てしまう。これもまた妙なことになっている。その不思議な場所(旧左岸堤防下道路)から中央橋を見る。と、ここだけが妙に風通しがよい。上の地図05を見てやっと意味が分かった。四の橋と五の橋の間にありもしない道路が記載されている。新しい一般道路が公園を横切るという計画らしい。そういうことだったのか。



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 写真63・中央橋から三上山を見る
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 一般道へ出てしまっては意味がない。一旦引き返して、四の橋を渡り中央橋への道路へ出る。未完成で砂利道のままである。黄色と黒のロープがはってある。橋は完成しているが前後が砂利道だから未開通ということらしい。中央橋の最高点に立って振り返った三上山。樹木がこれ以上伸びないことを願う。



 写真64・中央橋から残流水路を見る1
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 中央橋の上に立って、上流側の残流水路を見たところ。左上、注意してみると四の橋が見える。水路は橋をくぐらずそのまま直進していく。





 写真65・中央橋から残流水路を見る2
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 同じ場所からカメラを右に振って下流側を見たところ。残流水路が中央橋とクロスせずにそのまま下って行くのが見える。画面左端に、旧左岸堤防下道路からの駐車場・トイレが見える。奥中央にランドマークの巨木。拡大すると五の橋が見える。




写真66・中央橋から右岸側を見る
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 中央橋付近から右岸側(琵琶湖へ向いて右側)を見たところ。何もない空き地である。地図からの情報によると、中央橋をくぐってこの下を一般道路が横切る。左の森は樹下神社。右の森は旧南流右岸の堤防森あとだろう。この右に見事なS字カーブ(写真66A)があってその向こうに三上山が見える。中央橋と三上山(写真66B)をもう1枚。



 写真67・中央橋からの下り
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 中央橋から下流側へ下る。砂利道である。正面に水保町正覚寺の伽藍が見事。左遠くのトンガリ屋根は速野小学校。この勾配を下り切って左側が五の橋。



 写真68・五の橋から振り返る
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 五の橋から中央橋を振り返ったところ。何度もいうが、水路は一見中央橋の下をくぐるように見える。が実際はくぐらずに上流へ向かう。五の橋右岸から外を見ると、洲本町のカントリーエレベーターが真正面に見える。

 



 写真69・五の橋から下流を見る
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 五の橋から下流を見たところ。画面右奥に左岸堤防跡の巨木群、4本2組の木が見える。画面右外に比良山系。画面には写っていないが、左近くにランドマークの巨木が見える。






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 写真70・六の橋と巨木
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 六の橋と巨木。巨木が小高い丘の上に立っているため、橋のたもとからは見上げる形になる。こうして水路から少し離れると水路の葦などはほとんど見えない。橋を渡った右側にあずま屋がある。



 写真71・十字路
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 公園から見て正覚寺の左手から出てくる一般道路が公園内へ伸びてきたところである。それが右へ伸びて上の写真の六の橋へ続く。画面奥、三上山の左下に五の橋が見える。その左、木と重なって中央橋。



 写真72・三上山
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 写真71の十字路から数10m下流へ下ったところ。残流水路の右岸。道路の幅が細くなっているから、ひょっとして脇道へ入ったかも知れないが、位置としては大きな違いはないはずである。見えている橋が六の橋。その後にランドマークの巨木という構図である。カメラの位置から左後方で駐車場工事中(2012年6月現在)。



 写真73・三上山
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 残流水路左岸の遊歩道が続いている。左側のヨシのところが水路である。ランドマーク巨木の下に六の橋が見える。






 写真74・七の橋
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 七の橋を左岸から右岸へ向いて見たところ。正覚寺の本堂の見え方からかなり下流へ来たことが分かる。ほぼ45度ぐらいの角度で見ていることが分かる。その途中にある白いボックスと茶色のトイレ、建設中の駐車場に付属のものである。





 写真75・七の橋から2組4本の巨木を見る
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 左端に八の橋(文晁橋)とあずま屋が見える。その右に旧左岸堤防、2組4本の巨木が見え、右端に右岸沿いの樹木が見える。自転車が走ってくるのが八の橋から中央橋へ続くメイン遊歩道。晴れておれば遠く比良山が見える。




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 写真76・七の橋下流
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 七の橋の下流。残流水路が右へ曲がるところ。巨木の下に七の橋が見える。地図を見れば旧左岸堤防が大きく右へ曲がるところである。旧堤防跡に続いている丘がとぎれて外の道路とつながっている。それを見てその昔その道路からむりやり中へ入り込んで写真を撮ったことを思いだした。まだフィルムの時代だった。探してみたら確かに残っていた。
 昔の写真(写真76A)・撮影:2002年4月5日。地球の森の整備工事は始まっていたはずである。しかしそのときは何の意識もなかった。一つの風景として枯れ草を踏み分けて中へ入っていった。そのときの写真である。




 写真77・八の橋から上流を見る
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 七の橋の下流で残流水路は大きく右へ曲がる。その後北向きに流れて八の橋に至る。左は八の橋から上流側を見たところ。遠くにカントリーエレベータの赤い屋根が見えている。
 なお、この橋は西側の速野小学校横から来た里道からつながって、公園中央橋へとつながっていく。



 写真78・八の橋から三上山
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 八の橋から三上山。ここから三上山に向けての広場は、かつての河川敷ということになるのだろうが、樹木はほとんどなく視界がきく。私が文晁のスケッチポイントを望遠の視角で捉えて、このあたりと推定した場所である。そういう意味で、私はこの橋を勝手に「文晁橋」と呼んでいる。



 写真79・八の橋から下流左岸跡巨木を見る
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 八の橋から上流を見たところ。左岸堤防跡巨木が目につく。残流水路はさらに上流へと続くが、遊歩道は一旦左岸堤防跡へ向って上りになる。道はそのまま左岸堤防上に出るが、その少し手前で右へくだるサブの道がある。それをたどると九の橋へでる。



 写真80・九の橋と左岸巨木写真拡大

 天神橋跡道路から九の橋と左岸跡巨木を見ているところ。撮影日の天候の関係で、写真の調子に整合性がないがお許しを。こうして青空の下では青くきれいな水に見えるが実際は茶色く濁っている。




 写真81・旧天神橋跡道路をくぐる
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 旧天神橋跡道路をくぐって、さらに下流のゾーンへと続いていく。大きなパイプを並べただけで恒久的なものとは思えない。この道路自体がひょっとすると暫定的なものなのかも知れない。私の勝手な推測であるが。




 写真82・右岸堤防跡
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 以下2点は残流水路から離れて、カーブ内側広場からの撮影である。
 写真75で自転車が走っているあたりから右岸跡堤防跡をみたところ。カメラが立っているところは八の橋から中央橋へ続くメイン道路。国道477号から平坦化された右岸堤防外側を走ってきた道路が、右岸堤防跡へ上っていくのが見える。堤防跡の樹木の左側に墓地が見える。次の写真はその墓地の横から逆にこちら側を見ていることになる。



 写真83・右岸堤防跡から三上山
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 上の写真の墓地の横で三上山を狙っていたら小学生が帰ってきた。
 三上山の左すそに重なって正覚寺の本堂。その右、軽トラが走っているあたりが、わたしが一番最初に文晁のスケッチポイントとしたところである。参考までに文晁の絵をどうぞ。正覚寺横文晁ポイント(写真39)へ。画面右に整備中の駐車場が見える。




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