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SZ00.鈴鹿県境稜線

SZ00B. 野洲川源流を遡る/深山橋〜武平トンネル

取材日:2016.10〜11
初稿UP:2016.11.21


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2. 深山橋から第2橋まで
写真762.滝?
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 さらに進む。これを滝というのかどうか。落差工というのか、砂防堰堤というのか。川によってはこういう堰堤がたくさん見えるところがあるが、今回のルートに関しては見えたのはこれ一つだった。もちろん存在はするが見えないというのもあったのだろうが。と思いながら地図を見ていてそれらしいものを発見した。上の地図720Aで、「砂防堰堤?」と書き込んだところである。ひょっとしてこのルートでこの種の堰堤はこれ1基だったのかもしれない。




写真763.白い川
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 川原の石が白い。川は白いはずだから、強い光ではつらいだろうと、あえて薄曇りの日を選んで出かけてきたが、それでもこれが精いっぱいだった。これ以上光が強かったら苦しかっただろう。もう1枚
 と書いても、この写真の撮影位置はとなると、何とも言いようがない。自分自身どこで撮っているのかわからない。分かるのは鈴鹿スカイライン上のどこかということだけである。と注意をしているとところどころにこんな標識が立っている。何Kmおきだったか忘れてしまったが、これも県境から何Kmというだけで、あのヘアピンカーブの距離を地図の上でどないして測りますねん。



写真764.閉鎖された駐車場
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 パーキングの標識が見えた。そうそう料金所の手前にパーキングがあって、公園になっていた。そこで一休みしようとしたら、大きなブロックがあって、「当園地は閉鎖しています」。それなら「P」のマークを外しとけよ。






写真765.料金所跡
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 すぐ目の前が料金所跡。通行料がいくらだったか忘れてしまったけれど、結構お世話になりました。









地図722.料金所跡付近地図(GoogleMap航空写真に加筆)
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 ダム、とくに堰堤が見えている間はおよその場所が分かる。しかし渓谷へ入ってしまうとどこを見ても同じ風景である。自分の位置が全く分からなくなる。本気でやろうとすればGPSということになるのだろうが、そこまでやろうとも思わないし、カーナビはついているがほとんど使ったことなし。そんなことで何とかごまかせないか。そこで一番のポイントになるのが料金所跡である。しかし料金所跡を記載するもの好きな地図はない。そこで登場するのが航空写真。記録性ということに関しては写真は図よりはるかに勝る。上の「写真765・料金所跡」なら航空写真に写っているだろう。
 そこで、航空写真を最大限に拡大して、ダムを過ぎたあたりから丹念にチェックしていった。ホンマに料金所跡が見えるのだろうか、と思いだしたころに見つかったのである。料金所手前の右側にあった公園も写っている。これで間違いない。そのあと黄色く見える小さな点を見失わないように周囲を広げていったのが次の地図723である。



地図723.野洲川ダム・料金所跡間地図(GoogleMap航空写真に加筆)
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 料金所跡の黄色の点は、視界を野洲川ダムの場付近まで広げても見えていた。ダムから結構登ってきていたことになる。そうか、昔の料金所はこんなに深いところにあったのか。写真761の沈んだ鳥居を含めて、写真762,763などの写真はこの料金所までの間に撮ったというだけで、ここだと特定することは不可能である。









写真766.支流第1橋
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 料金所跡を越えてさらに上流へ。ちょっと行ったところで、地形的に谷が分かれるのを感じる。川の流れは見えない。道は左へ分かれた支流に沿って走る様子。と思っていると急カーブで小さな橋(支流第1橋)を渡る。写真はその橋と左手前の空き地(雨乞山登山口)。もちろん道は本流に向かってさらに上り続ける。





写真767.支流を見る
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 支流第1橋から下流側を見たところである。水に色がついているわけでない、石の色も変わらないから、写真だけでは支流・本流か区別はつかない。頼りになるのは、先ほど感じた体感的な谷の分岐だけである。この先で本流に合流しているはず。






写真768.雨乞山登山口
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 しっかりした指導標が立っていて、「雨乞山登山口」とある。私は鈴鹿の山は登った経験がない。琵琶湖から見て雨乞山が御在所山の手前に見えることは知っていた。しかしこんなところから登るとは知らなかった。   






写真769.髪をかき上げ仰ぎ見る
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 広場の片隅にまん丸い碑が建っていた。読みやすい字で「髪をかき上げ仰ぎ見る・・・ひたすらにひたすらに 高きを目指すワンダラー」。文学碑だと思った。誰の詩だろう。裏へ回ろうとしてふと花が活けてあったのに気がついた。写真の右下にちらっと見える。なんで文学碑に花なのだろう。まだ分かっていなかった。
 裏へ回ってやっと意味が分かった。「友よ安らかに眠れ…」、遭難碑だったのだ。その昔、上高地のカラマツ林の中で穂高の山をレリーフにして尾崎喜八の詩を刻んだ遭難碑に出会ったが、こんな近くで出会うとは。山は怖い。



写真770.ヘアピンを行く
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 ヘアピン地帯に入る。遥か上を行くガードレールが見える。右上がりである。いま走っているこの道はいったん左へ曲がる。そのあとヘアピンで折り返して戻って来たものであろう。川は見えないが、道の右側を車と逆向きに流れ下ってくる。川があくまで道の右側に沿うとすれば、川もまたヘアピンに沿って曲がらなければならない。それはないだろう。道はヘアピンカーブのどこかで川をまたぐはず。




3. 第2橋から第1橋まで
写真770X.第2橋を渡る
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 予測した通り橋を渡る。下の地図724でいう第2橋である。長い橋ではないがほぼ直線、最後のところでほんの少し左へカーブしている。下から上に(峠に向かって)向かって走る場合、右側を流れていた川が、左側へ出たことになる。(実際の水の流れは、橋の左奥から流れ出て、右外へ流れ下る)。正式な橋の名前は不明





写真771.第2橋から上流を
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 写真左側(峠に向かって左側)の欄干から。下の流れを見下ろしたところ。画面奥の谷あいから水が流れ下ってくる。花崗岩が白い。ここで道の左側へ出た流れは、山の向こうへ回りいったん姿を消し、道の両側が山になる。






写真772.山蔭の道
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 どこからどこを見ているのかわからないが、今しがた後ろを通り過ぎていった車が下の道を行く。山蔭に玉虫のようなクルマ。
 それはいいとしてこの下の石は・・・?、どう見ても下の山蔭の道に直角方向にぶつかって行くように見える。先ほど渡った第2橋で本流は道の向こう側へ出てしまっているはず。だとするとこの石は何だ。




写真773.直線の橋
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 データのナンバーの順番から考えて、上の写真772はこの橋の上から撮ったことになる。写真はできるだけ下手から峠の方を向いて撮るようにしていたが、この橋に関しては車を置いた場所の関係で下手を向いて撮ることになった。橋を渡ったクルマは緩く右へカーブして下っていく。この写真の画面外左下が上の写真772ということになる。
 橋の名前はプレートが剥ぎ取られ不明。なぜか「エキスポ70」のマーク。問題はこの橋。次の地図に記載されていないのである。




地図724.ヘアピン区間地図(国土地理院Web地図に加筆)
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 ここで川の流れと道路との関係を見てみよう。このヘアピンカーブの区間で表示されている橋は2つ、第2橋は先ほど確認した。第1橋は現時点では未確認だが、後刻、峠から下って最初の橋ということで確認はできている。この直線橋ではない。
 実は先ほど確認してきた支流第1橋。雨乞山登山口のそばの橋だが、ここには”橋マーク”はない。橋の長さはともかく、土木工事としてのレベルは同じである(と素人は考える)。にもかかわらず支流第1橋に橋マークがないのは何故か。偶発的に支流第1橋には入れ忘れたのか。それとも何かルールがあってのことか。ルールがあるとすれば第2橋が野洲川渓谷の本流にかかり、支流第1橋がまさに支流にかかっているということだけだ。もし長さだとすれば、第2橋より直線橋の方が長い。ほんの少し気分的なものではあるが。結局、直線橋が記載されていないのは、野洲川本流に架かる橋ではないということであろう。
 とすればこの直線橋はどこにあるのか。下手から峠へ向かう場合、第2橋を過ぎて少し進んだところと考えられるが、実はその区間は、川が道路の左手を流れるという、空間感覚が逆転するような場所でもある。現場に立ってもなかなか全体像がつかめないそんな場所なのである。




地図725.ヘアピン区間地図(GoogleMap航空写真に加筆)
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 となれば航空写真である。しかし航空写真で橋を見ることなど考えても見なかった。市街地ならともかく山の中で橋が見えるのか、川もはっきり見えないのに。それが見えたのである。GoogleMap航空写真はただ撮っただけではない。ちゃんと橋の部分にははっきりわかるように手が加えられていた。すごいことだ、下手から峠へ向かって第2橋を渡って大きく右カーブしたところに南北にまっすぐ伸びていた。峠から下る向きに見れば、橋を越えたところでスーッと右にカーブしていく。写真773の通りだった。そして橋の下を斜めにくぐり、対岸の山蔭の道に直角にぶつかる支流も見える。




写真774.右側が山
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 右側が山である。いつの間にか左側へ川が近づいてきているが、少し距離がある。山間を行く感じ。第1橋が近い。









4. 第1橋から武平トンネルまで
写真775.第1橋
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 グーッと左へ大きくカーブを切ったところで第1橋が見えてくる。短い橋だけどぐっとカーブしている。この橋にはネームプレートがついていた。「しんけいばし」。神経橋?、まさか。「神渓橋」、神の谷か、分からないでもないがちょっと大げさな名だ。







写真776.神渓橋上流側
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 神渓橋右岸上流側から上流方を見たところ。まだまだ細い流れである。









写真777.神渓橋下流側
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 神渓橋下流側から、真下を見たところ。水の流れは画面上で下から上(空間的には手前から奥へ)。川とは不思議なものである。道路を1本隔てただけなのに、なんとなく流れが豊かになっている。傾斜が緩くなった分、流れが遅くなって川幅が広くなったのかも知れない。もう1枚、水平方向を見たところ。紅葉の時期は見事だろう。




写真778.野洲川
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 川の名は「野洲川」、これは当たり前だ。ず−っと野洲川渓谷を詰めてきたのだから。それ以外の名だったら、このレポートそのものが成り立たなくなる。・・・のだが、実はそれが当たり前ではなかったのである。後で分かるのだが、武平トンネル直前の橋(第0橋・清山橋)には野洲川の名がなかったのである。そしてこの神渓橋がなぜ第1橋なのか。峠へ着いてから詳述する。




写真779.神渓橋を上流側から
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 神渓橋を上流側から見たところ。峠に向かって見るという原則とは逆になっている。野洲川は画面左奥から右外へ流れている。

  写真780.さらに上流へ
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 神渓橋から上手を見たところ。









写真781.峠近く
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 峠近く、右手の展望が開ける。どこが見えているのか、土地勘なく不安内。

  写真782.ヘアピン
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 ふと下を見ると、何と真下を車が走っている。まさにヘアピンカーブ。







写真783.バイクが
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上の写真で真下を見たとき、クルマの前を走っていたバイクがブイーンと飛ばしていった。赤い軽はまだ来ない。









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