top

S07.杉谷川流域

S0702. 分水嶺・岩尾越え

取材:2018.02
初稿UP:2018.04.08


前 項 へ 次 項 へ 中トビラへ


地図006.新田付近地図  (国土地理院Webに加筆)
写真拡大

 A,B,C,Dが、前項で一周したコースである。本項ではD→Q→R→岩尾池の順で進む。肝心の”岩尾越え”(三重県境)が外れているが、下の地図008で改めて。

  14.岩尾池へ
  写真061.幅員狭小
写真拡大

 さあここからだ。幅員狭小。岩尾山とあって右が消してある。?、この標識どこかにもあった。何を意味するのか。事情が分からない。 写真拡大




  写真062.狭くなる

 両側畠の狭い道。→






写真063.杉谷川
写真拡大

 どこからか川が現れた。杉谷川だろう。上の地図006で前側橋から見て左へスーッと曲がって谷川になり、少し離れたところを流れてきて、現在の進行方向を向いて、左側から右側へ位置を変えたことになる。ここが地図のQ点である。







写真064.最後の民家
写真拡大

 前川橋から上流側に見えていた谷あいの集落である。里から山へ最後の民家だった。きれいに整えられた段々畑の斜面。心休まる風景である。もう1枚

  写真065.川が左へ
写真拡大

 川が左へ出る。上の民家への進入路とのT字路(R点)のところである。もう1枚

  写真066.山へ
写真拡大

 道は細く山の中へ入って行く。







15.岩尾池
写真067.岩尾池
写真拡大

 右側の山に沿ってしばらく行くと岩尾池。明治年間に農業灌漑用としてつくられたものという。午後の光がきらきら光る。もう1枚。右の高い山が岩尾山かとも思うが、ちょっと近いようにも見える。カシミールで作図させてみたが、も一つはっきりせず。
  この案内板はすごいぞ。具合の悪いところにはガムテープでフタをしてある。

  写真068.足跡
写真拡大

  砂地の道路に人間以外の足跡多数。









写真069.池のふちを行く
写真拡大

  なおも池のふちを行く。何か標識が見える。近づいてみると息障寺2.2Km。ということは県境が近い。

  写真070.池のふち
写真拡大

  池のふち。多少の上下があるもののトータルすれば水平な道である。








写真071.岩尾池のスギ
写真拡大

 池のふちに風格のある木が現れる。水口の教室で何人かが作品として撮ってきていた木だ。ここだったのか。池の一部が凍っている。
  地図には滋賀県指定自然記念物「岩尾池のスギ」とあり、現地には、次のような解説文がある。----この樹木は伝教大師最澄がこの地で食事された際、使用後の箸を地面に突き刺したものが芽吹き、この巨木になったとの言い伝えがある。また、杉谷の地名もこの大杉にちなんだものといわれており、地域住民に親しまれている。----
  箸を地面にさしておいたら・・・という話は、大沙川堤防の「弘法杉」のところにもあったぞ。もちろんそのときは空海だったけど。
  もう1枚。後ろから谷川が流れこんでいる。撮っていた場所が橋の上だった。欄干があるわけではないが、道のふちのストッパーが、山へ入るときのT字路で見た橋のストッパーと同じだった。同じ規格で橋を作っていたようだ。



16.大沢池へ
写真072.狭くなる
写真拡大

 樹木が多く視界が利かない。もう大沢池畔へ出ているはずだが。

  写真073.石標?
写真拡大

 緩くカーブする右側に何か石標のようなものが見える。









写真074.岩尾山碑
写真拡大

 近寄ってみるとやはり石標である。すぐには何が書いてあるのか読み切れなかった。石?・・・。さらに近寄って・・・、それでも石としか読めなかったが、よくよく見ると、”石”の上に”山”があった。岩尾山

 京都新聞社刊、木村至宏著『近江の道標』には次のようにある。
 −−−−大きな自然石に刻まれた道標で、幅(*)だけでいえば、県内最大である。さすがに岩でおおわれた岩尾山を示すにふさわしいものだ。道標は岩尾山そのものの登り口を示している。*=77.2cm
 岩尾山は、標高471mで、滋賀県と三重県の県境をなす。岩尾山への旧登山口には、松尾芭蕉の「行く春を近江の人と惜しみけり」の句碑がある。芭蕉もふるさと伊賀上野から岩尾越えで近江に入り、岩尾山に足を踏み入れたのであろう。−−−−



写真075.大沢池
写真拡大

 道の向こうに大沢池が見える。もう1枚










17.岩尾越え
地図008.岩尾越え付近地図  (国土地理院Webに加筆)
写真拡大

















写真076.不思議な1枚
写真拡大

 あれおかしいぞ。左から日が照っている。ずーっと南を向いて歩いている。冬の夕日が右から照りつけている。がこの1枚だけ左から。おかしいな。やっとたどり着いて、この案内板を見て、今来た道を振り返って撮ったものらしい。

  写真077.振り向いて
写真拡大

 振り向いて、なんとなく元湿地帯だったような叢。









写真078.岩尾越え
写真拡大

  滋賀・三重県境である。今までの慣例上「岩尾越え」としたが、まったく峠越えを感じさせない場所である。国土地理院Web地図によると標高290m、野洲川流域分水嶺で山中の峠としては異例の低い峠であろう。この先、路肩欠損のため・・・。岩尾山の右を消してあったのはこれだったのかも知れない。
  手前に石標があって、「県道甲南上野線」とある。




18.息障寺へ
写真079.息障寺
写真拡大

  ”岩尾山息障寺”の石標が建つ。息障寺への登り口である。ハイキングコースとしては先ほど大沢池畔からのルートがあるらしいが、こちらは自動車道。背後の岩尾山は471m。修験者、忍者の修練山で、平安時代初期、最澄の開山によるという。

  写真080.急カーブ
写真拡大

  カーブを行く。









写真081.ハトが遊ぶ
写真拡大

 道路に2羽のハト。のんびりしていて逃げる様子もない。

  写真082.芭蕉旧跡
写真拡大

 芭蕉翁舊跡とある。木村至宏氏の文章によれば「行く春を近江の人と惜しみけり」の碑があるはずだが、辺りを見回しても発見できず。






写真083.?
写真拡大

 句碑か何かがありそうだったが…。

  写真084.小さな人形
写真拡大

  埴輪のような小さな人形が並んでいる。事情が分からないから、まったく意味不明。







19.息障寺へ
写真085.息障寺
写真拡大

 息障寺だと思うのだが、基本的な知識がないからよくわからない。もう1枚。森閑として物音ひとつせず。

  写真086.曼荼羅岩
写真拡大

 巨大な岩が垂れ下がっている。曼荼羅岩だとか。







このページトップへ 中トビラへ