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S06.滝川流域

S0603. 分水嶺・小野谷越え

取材:2018.02
初稿UP:2018.03.11


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  滝川と隼人川、この2つの川は飯道山南面を300m弱の間隔で並行に流れ下る。そして旧信楽街道・信楽高原鉄道・国道307号をくぐったところで滝川は東へ、隼人川は西へと分かれていく。当然この両者の間には、同じ甲賀市内でありながら水口・甲南両町と信楽町を分ける分水嶺(消えた分水嶺)が通っている。


写真001.古野踏切
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  かつての国鉄信楽線、もちろん単線である。それが民営化の波を受けて信楽高原鉄道と名を変えて1時間ヘッドの運転を続けている。1991年、世界陶芸博乗客輸送のために、線路容量を倍にアップする計画をたて、会社は貴生川・信楽間の中間点に小野谷信号場を開設した。それがあの痛ましい衝突事故につながるのだが、いまはそれには触れない。その小野谷信号場、実は滝川と隼人川、2本の川に挟まれた場所にあり高原鉄道路線の最高点でもあるという。
  実際に現場に立って見れば分かるが高原鉄道を挟んで、旧信楽街道・国道307号が並んで走り、さらに新しく新名神高速道路もそこに割って入る、そんな場所である。一日に何人の人がそこを通るのかは知らないが、おそらくすべての人が「峠」を感じることなく無感動に通り抜けるはずである。本稿ではその峠を信号場の名にちなんで「小野谷越え」とする。



1.国道307号
写真002.307号小野谷越え1
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 実はこの場所、水口から来た国道307号が、信楽高原への最後の勾配を上り切ったところである。右側に「庚申山広徳寺」への案内が立っている。
  手前のライトをつけた白いクルマは水口方面へ向かっている。その奥の信楽へ向かう黒いクルマはちょうど勾配の変化地点を走っている。単純に見れば手前の勾配を上り切ったように見える。そのむこうにライトブルーのクルマが沈み込んでいく。すくなくとも水平か下りかのどちらかだろう。現場に立って見てみたいのだが、ご覧のように自動車専用道路の感で立入がはばかられる。もっともこういう話は、近づけばよいというものでもない。地球上にいて地球が見えないのと同じ。




写真003.307号小野谷越え2
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 しかし、行けば何か見えるかもしれない。行けないとなると近づきたくなるのもまた人情。高原鉄道の踏切から100m足らずの間、道路と線路の間が芝生広場のようになっている。ここなら歩けそうだ。とにかく近づいてみる。途中「小野地蔵尊」という立札。どうやら小野というのが地名らしい。中を見ると「初老者一同」。吹きだしそうになったけれども、笑ろたらアカン。初老なんて言う年齢はとうの昔に通り過ぎてしまったが・・・。
  さて峠の部分をアップしてみると、トラックやずっと向こうの交通標識が沈み込んで見える。だから向こうが下りだと、最初のころは思い込んでいたのだが、そうとは言い切れないことがだんだん分かってきた。手前が水平だとほぼ間違いはないのだが、手前が上りだと向こうは必ずしも下りとは言い切れない。向こうが水平の場合だってあり得るし、極端な場合向こうがなお上りだってこともあり得る。




写真004.307号小野谷越え3
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  道路の勾配は分からない。それはいい。それよりも大きかったのはそこに川が流れていることが分かったことである。地図で見る滝川の源流である。トラックが走っているのが307号。そこを暗渠でくぐっている。流れは見えないが水の音が聞こえてくる。道路側へ回り込んで覗き込んでみると間違いなく川である。もう1枚。暗渠が見えるかなー。





写真005.古野踏切
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  信楽高原鉄道の古野踏切。国道307号、水口町牛飼からの急勾配を登り詰め、「庚申山広徳寺」標識で右折したところである。渡るとすぐT字型に交わる道がかつての信楽街道。言うまでもなく水口と信楽をつなぐ街道であったが、いまは山の中についてはかなりの部分が廃道に近く、右手に向かう道も広徳寺への参道としての機能を果たしているだけである。





2.信楽高原鉄道
写真006.高原鉄道小野谷越え1
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 そして一方左への道は、ご覧のように一直線のしっかりした道であるが、地図で見るとこれも隼人川を越えてしばらく行ったところで消滅している。そしてさらにこの現場でも、カメラアングルを変えれば、治山工事とかで道路が封鎖されている。日常生活には何の関係もない道だから、封鎖されたとしても一般の人には何の差支えもないのだろうが、こちらはそういうわけにはいかない。どうしても分水嶺をこの目で見たい。




写真007.高原鉄道小野谷越え2
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  上の写真でディーゼルカーの横に見えているポールの付近である。感覚的に、国道の写真で黒いクルマが走っているあたり。ちょうど峠に見えるところだが、まさにここがそうだった。線路わきに勾配標が立っている。白いアームが下へ傾いて”2”とある。これは手前から向こうへ向かって2パーミル、すなわち1000m進んで2mの下りになるよということを示している。たとえばこれ、白いアームが水平になって” L”とある。これはここから水平になるよということ。そしてこの例の場合はその向こうに黒く見えるのが上に傾いている。これは向かうから見ると白いアームが上へ傾いているわけで、向こうからこちらへ向かう場合は上りになることを示している。




写真008.高原鉄道小野谷越え3
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 勾配標の部分を精いっぱいに伸ばしたところである。「2パーミル」の白いアームは見えるが、反対側の「黒」が見えない。しかし、注意してみるとタテの支柱の右に黒がちょっと見えている。全体は手前の白と重なって見えないが、向こう側から見れば「2」の白と同じ傾きでついているはずなのだ。こちらから向こうへ向かっても下り、向こうからこちらへ向かっても同じような下り。どちらから来てもここから下りになるよということを示している。言うまでもない”ここが峠だ”ということである。
  上の道路の場合、かりに手前が上りだとしても、向こう側が水平か下りかは写真で見ただけではわからない。逆に手前が水平でもこのような写り方はする。そういうことで目で見ただけで最高点の判断は難しい。しかし鉄道線路の場合は勾配標によってここが峠であることが分かる。しかし信号場はまだ見えない。




3.旧信楽街道
写真009.線路沿いの道
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 写真006の突き当りを国道側(鉄道の反対側)から見たところである。鉄道沿いの道(旧信楽街道)が鉄道から離れて緩い坂を登っていく。

  写真010.線路をくぐる暗渠
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 上の写真の緩い坂道から振り返って暗渠を見たところである。水の音は聞こえるけれど目には見えない。と。そこへ列車がやってきた。といってもたった1両だけれど。クルマが走っているのが国道である。





写真011.流れが見えた
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 少し上ると川の姿が見えて来た。クマザサが生えている上に線路が見える。

  写真012.滝川は?
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 地道が右へ分かれていく。ただしチェーンが張られて通行止め。地図で見る滝川沿いの道だ。ということはそのすぐ左に滝川が流れているはずだがその気配はない。可愛い手製の案内が立っていて”三千坊・高塚”とある。何の案内なのか全く分からず。分かる者だけにわかればいいというやつ。



写真013.滝川
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  三千坊・高塚の案内を過ぎてびっくりした。手すりも何もないすぐ下を川が流れていたのである。橋だと路面がコンクリートに変わったり、仮に変わらなくとも、構造上の区切りが入ったりするものだが、実際には上の写真のように全く変化なし。川は暗渠で潜り抜けているのだろう。





4.小野谷越え
写真014.松の木が見える
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  暗渠の上に立って前方を見たところ。道がグーンと上りになる。上り切ったと思われるところに松の木が立っている。印象の強いところである。松の木が生えているところは、私の身長(170cm)より高い。
 ちょっと進んで、カメラの高さを松の木の向こうの道の高さをに合したところ。





写真015.松の木近づく
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  松の木が大きくなる。と同時に木の奥の道が見えてくる。その道が水平か下りか、それを判断する能力はない。水平のようにも見えるし下りのようにも見える。








写真016.旧信楽道小野谷越え
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 松の木に近づいたところ。どうやらここらが最高点のようである。左側がちょっとした広場になっていて下り坂になっている。ビルでいえば階段の手前の踊り場のようなイメージである。国道を走るトラックが見える。







写真017.小野谷信号所
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 下り坂のそばまで寄ってみると待避線への分岐が見える。小野谷信号所である。たしか1991年の陶芸博に合わせて開設されたものだが、例の事故のあと使われていないはず。そこが高原鉄道の最高点だと聞いたことがある。







写真018.信号場全景
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  線路近くまで下りて見た全景。待避線が1本あるだけだからもっとも単純な線路配置である。それはいいのだが、気になるのはレールの勾配である。一見したところ水平に見える。駐車場にしろこのような待避線にしろ車両を止め置くところは水平にするのは常識である。

◆補記
 2021年5月13日付の京都新聞朝刊に、『信楽列車事故あす31年、廃止の信号場跡安全誓う桜咲く』との見出しで、”列車事故の記憶をとどめていた小野谷信号所の側線が撤去され、その跡に植えられたサクラが、今年4月には花を咲かせた。”との記事が掲載されていた。事故の生き証人であった側線(上の写真・2018年02月11日撮影)が、これで姿を消したことになる。




写真019.最高点
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  振り向けば例の勾配標が見える。予測した通り下りになっている。目で見て最高点と思われるあたりから下りになっていることを示している。若いときならひょいひょいと線路を歩いて・・・・、ということになるのだが、この年になってはそういうわけにもいかず、そこが最高点だと分かっただけで満足して帰ってきた。
  帰ってからその部分を伸ばしてみて驚いた。何と”33”とある。勾配標から向こうが1000m進んで33mの下りだという。33パーミルといえばかなりの勾配である。旧信越線の碓氷峠、確か66‰だったはず。これが旧国鉄の最高勾配だった。ちょうどそれの半分だ。クルマでも水口からはかなりの登りだ。写真で見ても勾配標から向こうは下りになっているのがはっきりとわかる。
 向こう側から見たときはこちら側は”2”だった。こちら側は信号所で、常識では水平(勾配標では”L”)のはずだけど。いずれにしても小野谷信号場の貴生川側ポイントの数10m貴生川寄りの場所が、この鉄道の最高点であることはまず間違いはない。大きく言えば甲南町と信楽町を分ける分水嶺はここを通っていることはまず間違いはないと考えられる。




地図001.小野谷越え付近地図  (GoogleMapより)
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  もう結論が出たようなものだけれど、地図でこの点を確かめておこう。信楽高原鉄道の滝川暗渠と小野谷信号場貴生川側分岐のちょうど中間点あたりである。この待避線が分かればすべてははっきりする。国土地理院のWeb地図、これは予想した通り記載されていない。とにかく地図には表現されていない。これは大丈夫だろうと期待したGoogleMapも記載なし。機能していないとはいえレールそのものは存在しているのである。地図というものは、その建造物が機能しているかどうかまで考慮してして記載・非記載を判断しているのだろうか。
  ひょっとして航空写真に記録されていないか。無理を承知で拡大すると意外とはっきり確認することができた。単線のレールが待避線と2本に分かれているのが読み取れる。”高原鉄道最高点”は信号場分岐と暗渠Bとの中間点あたり、多分このあたりという目分量である。
  こうして見て見ると、A点とB点間がこの部分の最高点であることがまず間違いないと考えられる。  




地図002.AB間地図  (国土地理院Web地図に加筆)
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  こうして甲南町・信楽町間の最高点は、国道307号ないしは信楽高原鉄道のルート上に関しては隼人川・滝川の源流間の300m足らずの間であることが分かってきた。改めて国土地理院のWeb地図でその部分を確かめてみた。すると驚いたことに隼人川がわからさらに小さな川が滝川の方へ伸びていたのである。もしこれが地図の通りだとすると、川がない部分RS間の距離はたった50m足らず。そこを分水嶺が通っていることになる。さて、現場はどうなっているのか。  






4.隼人川まで
写真020.振り返る
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  2,30m進んで振り返ったところである。上の航空写真を見ると線路沿いに木が茂っている。それを伐採中らしい。切った木が集められている。少し離れて信号灯が見える。立っている場所からして、待避線からの出発信号機かと思われるが、いまは横を向いて使われていないことが分かる。線路に対する道の高さがよくわかる。





写真021.木が近づく
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  ほぼ同じところから信楽側を見たところ。線路の向こうは国道である。赤いクルマが信楽へ向かう。木の切り株が残って見える。








写真022.振り返る
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 上の写真右上隅に切り残されて木が見える。そのあたりから振り返ってみたところ。小屋らしい建物の上半分が見えるが、その左に立つのが「峠の松の木」。線路の右に見える勾配標から見て、線路は手前に向かって下りになっているのだが、目で見た場合は水平のように見える。それに対して、道路はこちらに向かって緩い下りであることが見てとれる。





写真023.ディーゼルカー
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  後ろばかりを見ていたら、前からディーゼルカーがやってきた。忍者をテーマにしたけったいな塗装である。偶然だったけど、構えたカメラの高さが車両の屋根とほぼ同じ高さだった。屋根の最高点より手前だけだが見えているようである。さらにエアコンのボックスの上面がわずかに見えることを考えるとカメラの方がほんの少し高いかもしれない。





写真024.レール水平?
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  何の気なしに通り過ぎたディーゼルカーを撮っただけだったが、思いもかけずレールのレベルの確認になった。拡大してみるとエアコンのボックスは同じような見え方をしているようだ。同じ場所に立って車両を追ってカメラを回しただけだからカメラの高さは変わらない。エアコンボックスの見え方も変わらないということは、この2点間についてはレールは水平だということである。しかし勾配標のところでレールの勾配が変わっていることも肉眼で見る限りそれも確かである。なんとも奇々怪々。しかし道に関しては左の積み上げが置いてあるあたりからここまでで、私の身長分ほど下ってきていることが読み取れる。




写真025.ポイントを見る
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 さらに進んで、先ほど通り過ぎていったポイントを見る。道がさらに下がったことが感じられる。

  写真026.下り切る
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 下がり切った道が水平になるところ。これが難しい。水平な道が上りになると読めないこともない。









写真027.橋が近づく
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  橋が見えてくる。手前は隼人川に沿って上流へ向かう道。ここにも先ほど意味が分からなかった”三千坊・高塚”の標識が立っている。いよいよ意味不明。

  写真028.上流を見る
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 情けない橋だけど、橋は橋。堀越橋だという。で、川の名前は当然隼人川だと思っていたが”堀越川”だという。以前ならびっくりしたけれども、こういうことにも馴れた。上流だけ名前が変わるのだろう。







写真029.隼人川
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  川の雰囲気は滝川と同じだけどこちらは荒れている感じ。この川は信楽の三重県境付近から流れている大戸川に合流し、南郷洗堰のすぐ下流で瀬田川に合流する。一方、先ほどの一本松の分水嶺の向こうへ流れ出る滝川が杣川・野洲川を経て琵琶湖へ出る。そのあと瀬田川へ出るのは周知の通り。






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