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S04.荒川流域

S0401B. 荒川をさかのぼる・荒川西流B

取材:2017.09
初稿UP:2017.10.30


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地図003.荒川下流流域地図  (国土地理院Web地図に加筆)
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 荒川は飯道山北西斜面の水を集めて野洲川横田橋左岸約500m下流の地点へ流れ出る。河口から約1Km上流の地点で左右に分岐する(実際の流れは合流)。分岐点はさかのぼる立場から見るとY字をなしており、東から流れ下る流れは県道53号沿いアセボ峠付近を源流とし、西からの流れは北西側、阿星山との境あたりを源流としている。本稿ではまず後者を対象とし、前半では中流に当たる妙感禅寺あたり、左の地図では河口から「分岐C」あたりまでを探索する。






6.山喜橋
写真031.山喜橋
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 山喜橋。上の写真で車が通り過ぎていった橋である。上流へ向いて左側に住宅地があり、そこへの進入路である。








写真032.山喜橋上流
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 山喜橋に立って上流を見たところ。目の前に大きな落差工、まさに滝である。右側に大きなマンションが建つ。このあたりとしては珍しい。

  写真033.小さな落差工
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 遠くからでは見えないが、このような小さな落差工も。











写真034.振り返る
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 左側に大きな木が見えて来た。貴重な目印。一見、橋の上から撮っているように見えるが橋はない。上の写真の左カーブを利用して撮ったもの。右側に見える一つ窓の小さな小屋が見える。これが上の写真にも。これがポイントになる。

  写真035.小さな橋
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 小さな橋が見えて来た。その下に2本重なって光る落差工の線が面白かった。









写真036.橋の上から
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 小さな橋の上から上流を。先ほど見えていた2本の線はどれなのか。もはや分からない。大きな木はまだ先に見える。








7.一本松
写真037.大きな木
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 大きな木が空へ突き出る。下から見たときたくさん見えた光る屋根も、一つ減り、二つ減り、残るは2つのみに。








写真038.石が並ぶ
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 と、そこの所で、?・・・、浅瀬に小石が並んでいる。自然にこんな並びかたをするはずがない。これはひょっとして分岐点(流れでいえば合流点)ではないか。奥が暗くてはっきり見えないが・・・。露出を変えて奥だけアップした。間違いなく暗い闇に落差工が見えた。これが地図003.荒川下流流域地図でいう分岐C点である。

  写真039.後日改めて
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 後日改めて撮りなおしたもの。今度は石が写っていなかった。イヤー難しいところだった。








写真040.大きな木
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 大きな木。松の木だった。遠くから見ていたときは杉の木だとばかり思っていたが・・・。

  写真041.水道タンク
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 歩道橋の向こうに水道タンクが見える。そしてそのむこうに、河口付近から見た稜線のコブが見える








8.妙感寺近づく
写真042.妙感寺近づく
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 大きな木を過ぎて周囲の雰囲気が変わってくる。妙感寺の標識なども見えてくる。

  写真043.一般道へ
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 一般道へ出る。










写真044.だいもんはし
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 親柱に”だいもんはし”と表記されているだけで、漢字は不明。たぶん「大門橋」だと思うが。GoogleMapによると林道滝谷線につながる橋である。ここからもコブが見える。









写真045.上流を
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 だいもんはしから上流を見たところ。とにかくこの川には落差工が多い。すぐ妙感寺の門前。

  写真046.妙感寺の前に立つ
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 ”妙感禅寺”とある。妙感寺寸描










9.さらに上流へ
写真047.さらに上流へ
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 写真045で上流にもう1本橋が見える。その橋から上流を見たところである。落差工が写るだけで、残念ながら勾配感は写らない。右の並木?に沿って道が伸びていく。とにかくそれに沿うことにする。







地図005.荒川源流流域地図  (国土地理院Web地図に加筆)
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 妙感時前から西流源流までは約2.6Km。別に難しい距離ではない。途中1.3Kmほどのところに砂防ダムが2基表記されているが、さして大きなものでもない。ということで、歩くのは途中左右に分かれるところに見える建物のところまでとした。たかだか600m余りの微々たる距離であるが、途中「荒川西流」という正式名称が得られたことは価値あることだった。









写真048.川沿いの道
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 大門橋・妙感寺前から川沿いの道に入る。例によって勾配感は写らない。

  写真049.落差工
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 落差工が続く。











写真050.川沿いの道
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 上流へ向いて右側から細い川が流入していくる。地図で見ると妙孝寺というお寺の裏あたりから流れ出て来た川ある。田んぼの向こう、電柱が立っているのが一般道。この棚田の突き当りに建つ住宅への進入路らしい。







写真051.落差工が続く
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 落差工が続く変化のない道。河床に小石が並んでいる。石部の東寺で見たのと同じ工法だ。

  写真052.橋が・・・
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 妙感寺前から500m近く登ったところで橋が見えてくる。








10.山ノ神橋
写真053.荒川西流
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 何でこんな橋にと思うが、ネームプレートがついていた。それもはっきり見える。「荒川西流」。ありがたかった。下で見たときには「西」の字がはっきり見えなかったし、いまこの流れがその西流れで間違いないのだと。橋の奥に一軒の家が見える。これが目的地だろう。あまり人が歩いた気配はない。
 そしてもう1枚のプレートには「山ノ神橋」。これはちょっと怖いぞ。橋の上も少し荒れている。この道はどこから来ているのかと少し周囲を歩いてみた。木が倒れている。山の中もかくの如し。しかし今の山はどこもこんなもの。・・・



写真054.勧請吊
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 ・・・と思っていたら、勧請吊が目についた。人は山に入らなくなった。たしかにそうだけどこと神さんのことにならると放っておくわけにはいかない。まだ日本人の心は生きている。もう1枚

  写真055.上流を
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 山ノ神橋へ戻って上流を見たところ。









写真056.山に入る
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 右はまだ田んぼである。国土地理院Web地図によると、民家ようの建物の手前で川は2つの分かれて山に入る。右へ伸びる流れはこの先、直線距離でまだ2Km余もさかのぼる。そこは先に述べた独立小河川流域の盟主602M峰の奥、落合川まで直線距離で600m弱の地点である。この荒川と落合川、野洲川へそそぐ河口どうしの距離は5Kmもある。それが源流に達するところでは600mにまで近寄る。地図に表記されている距離がそれであるが、実際に現場での流れを読めば、もっと近づいているのであろう。
 地図005で述べたように、トレースは一応ここまでとする。




写真057.天壇塔とTOTO
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 妙感寺までは同じ道を下る。あと少しで集落だというところで、民家の軒先天壇の塔とTOTOの看板を見る。最初見たのは草津線を越えて少し上ったところの「どうのうえ橋」からだった。お互いの文字高さがTOTOの上と「天壇」の下とが一致していた。それが今では「天壇」の塔が随分下に見える。それだけこちらが高い位置にあるということである。
 この関係はここだけに終わらない。このあと下りに見たものを二、三上げてみると、たとえば例の一本松のあたりから。(拡大してみる)。一本松を通り越して少し下ったあたりから。(拡大してみる)。これら2枚はよく似ているが、よく見るとほんの少し違いがある。



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