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S01.宮川流域

S0101A. 宮川をさかのぼる・A

取材:2016.11
初稿UP:2017.01.22


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地図005.宮川流域地図  (国土地理院Web地図に加筆)
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 宮川は、野洲川左岸に流れ込む川の中で最下流の位置を占める。合流点は石部頭首工を渡る国道1号バイパス橋の少し下流である。さかのぼる立場からいえば、合流点から国道1号、JR草津線、1号バイパスをくぐる、旧東海道沿いを進む形になる。旧東海道をから分かれた後は吉御子神社前を経て宝来坂へ出る。
 今回は、国道1号石部北交差点から宮川沿いを歩き、途中、旧東海道を経て宝来坂交差点で県道113号に入り、市境を越えて実際の峠までを往復した。



1.河口付近
写真001.石部北交差点
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 国道1号、石部北交差点。頭首工沿いの場所で、この交差点の下で宮川が野洲川(頭首工)へ流れ込む。黒いクルマが走っているのが国道1号。画面奥の高架道が国道1号バイパス。この画面では宮川がは見えないが、右に見えているガードレールの向こうが宮川である。正面の山が菩提寺山。もう1枚。宮川を頭首工側から見たところ。夕暮れ近くで川面は見えない。




写真002.頭首工上流を見る。
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 勉強不足で何をもって頭首工というのかは分からないが、このような人工ダムを言うのなら、この写真は「頭首工の上流を見たところと」いうことになる。
 L字型の水面の右下部が宮川が合流していくるところ。L字型の縦の部分が野洲川そのもので貯水池として水が蓄えられてる部分である。画面奥に国道1号バイパス。その向こうの山が十二坊連峰。




写真003.頭首工堰堤を見る
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 同じ場所から堰堤を見たところである。現場から堰堤までの距離300m足らず。右の山稜は菩提寺山の裾。遠く三上山が見える。









写真004.頭首工碑 
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 国道1号沿いに「石部頭首工」なる碑がある。どうも義理やら厄介で作ったような碑で、タイトルが間違っていて、そこだけ貼りなおしたようにも見える。すくなくとも大事にはされていないとこは確かである。側面に農林水産省の文字が見える。国土交通省かと思ったがそうではなかった。農業用水という意味が濃いのだろう。風景のスケッチ画がはめ込まれている。堰堤が左岸と右岸とに分かれていて、中央部はフリーパスだったのかファブリダムだったのか。あまり関心がなかったのでそこまで観察はしていなかった。




写真004A.2002年当時の堰堤 
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 左岸の堰堤の写真があったはずだがと探してみた。2002年9月撮影のもの(左の写真)が出て来た。私の場合は三上山を目的としているから、堰堤の上流から撮影している。スケッチ画は下流側からのポジションになっている。比較してみると全体としての構成は似てはいるが、細部に多少に違いがあるようだ。いずれにしてもスケッチ画が現在の様子ではないことは確かである。2002年当時の写真をもう1枚。堰堤の位置自体に多少のずれがあるようである。
 この写真自体が余談みたいなものだけど、ひょっとしたら記念碑のスケッチの面が正面だったのではないかとも思う。まあちょっとわからんシロモノでした。




写真005.草津線通過
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 碑につき合いをして時間をとった。上流へ向かって宮川を遡る。石部北交差点からすぐ草津線の踏切を渡る。右方が草津。左が石部である。川にはカモが遊んでいる。踏切を渡ってすぐ、線路と並走して生きた旧東海道にT字型にぶつかる。しかしこの辺りでは旧街道としての風情はない。柘植行きの青大将をもう1枚。踏切を渡って旧東海道を左へ折れたところから。ここから見る三上山は初めてだった。




写真006.踏切から上流を見る
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 何を撮ったんや、といわれそうだ。もちろんテーマは川だけれども、いわれる通りレールは強く、しかも右側が上がっているように見える。バイパスの高架橋も強い。そうかといって川だけでは何も意味はないし。そう、結局踏切から撮ったのが間違いだった。






2.1号バイパス高架
写真007.1号バイパス高架下
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 踏切から見えていた国道1号バイパス高架下。旧東海道から見上げたところ。どれがどれだか、ちょっと見ただけではわからない。実際に走ってみても、自分がいまどの線を走っているのかわからない。間違っても分かっているような顔をして走り切る。バタバタするとTVなんかで今どきの高齢ドライバーはと、けちょんけちょんにやられる。





写真008.ランプウエー 
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 こんな広い歩道を誰が歩くのかと思う。それはまあエエとして、地図にはいかにも完成したように表現されていたので、ここを峠まで歩くつもりだったがこれは無理。完成後歩いてみて補足するしか手はない。







写真009.ピラミッド
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 反対側のランプウエー。これも上に同じく工事中。しかし早晩どちらも開通するようである。画面奥に見えるピラミッド、分水嶺に絡むのではないかと気になったが、どうもそうではないらしい。分水嶺はさらに奥。このピラミッドは採石場の残りのピークらしい。現在稼働しているのかどうかわからないが、対岸(菩提寺側)から見ていて山の形がどんどん変わっていくのが分かったぐらいだった。




写真010.宮川橋
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 高架橋をくぐり終わったところ、感覚的にはまだ高架下と思うようなところに橋があって、名前は宮川橋。宮川に架かる宮川橋。一番単純な名前のつけかた。左岸から右岸へ渡る。写真では左岸に立って右岸を見ているところ。画面奥が上流、水は奥から手前に向かって流れ下ってくる勘定になる。






写真011.不思議な階段
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 上で見た写真007に不思議なモノが写っている。 右側に写っているジャンプ台のようなスロープ。 これが何なのか、おおよその見当でもつけば話になるのだが。左の写真がその正体だった。ほう、こんなところに歩道橋が・・・。およそ歩道橋と名の付くものは、たいていが開店休業というところだが、ここはまた新築開業。これで商売が成り立つのだろうか。ここを利用するとしたら中学生の通学ぐらいか。そのための自転車用のスロープかな。別に通行止めにもなっていないので登ってみた




写真012.ランプウエー
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 これは面白い。何か発見があるかもしれない。期待が膨らんだ。しかしランプウエーの一部が見えただけ早々に退散。途中から見た工事中のランプウエー。手前が宮川橋。








写真013.宮川橋から三上山
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 高架橋の下、宮川橋の上から三上山が見えた。川は宮川、大した川ではないが、その向こうを草津線が通っている。その向こうは野洲川。まだ頭首工の範囲らしい。水がたっぷりあると写真を読んでいて、?、おかしいぞ。国道1号はどこへ行った。バイパスは真上を通っているが旧い国道は頭首工の手前を通っているはず。ちょっと計算が合わないぞ。野洲川と見えたのはソーラー発電パネルだった。イヤハヤ。




写真014.宮川橋から上流を見る
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 宮川橋から上流を見たところ。画面左端(右岸)が旧東海道。










3.五軒茶屋橋
写真015.五軒茶屋橋
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 100m余り進むと「五軒茶屋橋」という橋がある。こう書くとその橋を渡るように受け取られるかもしれないが、そうではない。歩いている旧東海道は宮川の右岸に沿って進み、それからT字型に分岐した道が宮川をまたぐ、その橋が五軒茶屋橋である。







写真016.五軒茶屋橋下流
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 五軒茶屋橋から下流を見たところ。ここにもカモが遊んでいる。橋を渡って山手へ進む道がある。この道は国道1号バイパスの五軒茶屋ランプに通じているが、それは後回しにしてとりあえず東海道を進むこととする。







写真017.宮川畔を行く
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 宮川畔を行く。すぐ向こうに稜線が見える。一見、市境の分水嶺のようにも見えるが、それはもっと向こうのはず。写真007で見たピークの続きだろう。








4.第3号町道橋
地図006.第3号町道橋  (国土地理院Web地図に加筆)
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 国道1号、石部西交差点から宮川沿いの道を歩いている。新しくできた1号バイパスの下の宮川橋で右岸へ出て、T字路で分かれる五軒茶屋橋を見過ごし、その上流で川は2つに分かれる(川の流れからすると2つの流れが合する)。上流に向かって右から流れているのが宮川。左から流れてくるのが村井川である。
 合流点のすぐ上流で2本の川に直列に2本の橋がかかっている。あえていえば二連橋といえばいいのか。旧東海道は手前の橋だけを渡って左へ折れ、2本の川の間を上流へ向かう。その橋には「第3号町道橋」と銘打たれており、川の名前は「村井川」(「く」の字に曲がっているところで左から来る宮川と合流している)とある。なお2本の橋のうちの2本目(奥の)の橋には、川の名も橋の名もネームプレートはない。




写真018.第3号町道橋 
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 ややこしい写真であるが、真ん中の電柱とその右の道路標識の裏面とで2つの橋が分かれている。日が当たっている橋が「第3号町道橋」(下の川が村井川)、右の陰で分かりにくい橋が名無し橋。その下の川、分かりにくいがネットがかかっている畑の向こうが宮川。






写真019.合流点
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 2つの橋の間から合流点(下流)を見たところ。左が宮川、右が村井川。もう1枚。奥に見える高架橋が1号バイパス。その手前、陰になっている橋が五軒茶屋橋。

  写真020.第3号町道橋から東海道
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 第3号町道橋を渡ってすぐ左へ折れ行く旧東海道。山が近いため太陽が低い初冬、午後2時過ぎなのに早くも夕闇が。その右を宮川が流れる。画面奥、遠い山が阿星山。







写真021.しだれ桜
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 二連橋から宮川の上流方を見たところ。旧東海道は画面左外に沿っている。右に見える山ぎわにしだれ桜が立っている。上ってみると意外や意外、菩提寺山の裾に三上山が見えた







5.石部宿西縄手
写真022.小公園
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 小公園があって「石部宿」とある。肉眼で見ると読めるのだが、写真に撮ると何ともつらい。アップすれば何とかなるかと思ったが、せいぜいがこの程度。凹部に白塗りが施されているといいのだが。
 そして、公園の大きさに似合わない大きな「東海道五十三次図」。と、うっかり撮ったら、肝心の場所は右の端だった




写真023.旧東海道と公園全景
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 公園の全景である。案内板がもう一点、ステンレス風の金属製で、肉眼で見た場合はしゃきっとしているが、いざ写真に撮るとなると表面が反射してこれまたしんどい。「西縄手」という地名の説明だが、これが分からない。参ったなこの公園には。
 ・・・・縄手とは、立場から立場の道の事を言い、・・・・情けないかな、この日本語の意味が分からない。言いなおせば、立場から立場の道を縄手と言い・・ということになるのだが、それでもわからない。タチバからタチバの道・・・、どう考えても分からなかった。
 いろいろ調べて分かってきたことは、「立場」を「タチバ」と読んでいたのでは永久にわからない。これは「立てば」と読むのだと。「立て場」とは” 江戸時代、街道筋で人足が駕籠や馬を止めて休息した所。明治以後は 人力車などの集合所・発着所をいった。”というとや。悲しいかな無知。己の無知さ加減には呆れるしかないが、最後の負け惜しみとして、もしここに書くなら、”立場と立場の間の道を・・・”と書いてほしかったなー。




写真024.公園の裏を
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 公園の裏を行く宮川。左外が西縄手の小公園。その左を東海道が行く。この何かと難しかった小公園。やっと終わったと思ったが、まだもう一つ残っていた。これは黒色でも金属製でもないが、この小さい字。何とかしてよ。どんな人がプランニングしたのか。







写真025.振り返る
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 小公園から少し進んだあたりから後ろを振り返る。歩いてきた道の突き当りに三上山が見える。そういえばあいあい滋賀に「三上山物語」を連載していたときに、このあたりから撮った写真を1枚使ったことがあった。実はそのとき、三上山はいいとして、手前の右に見える山は何山だろうと思っていた。無責任な話だが、このときも同じ思いだった。それがすぐ後、菩提寺山だと分かる。




地図007.石部西交差点付近地図  (GoogleMapに加筆)
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 旧東海道と宮川の関係を示している。街道は石部西交差点を直進するが、今回はそこで右折宮川畔へ出る。三上山の撮影場所、写真025が旧東海道から。写真026が地図の宮川畔。「旧東海道」の「東」の字に当たるところに堤防へ出る階段がある。











6.宮川・三上山
写真026.三上山
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 西縄手小公園から旧東海道を歩く。石部西交差点の少し手前で道沿いにアパートの駐車場らしい空間があって、堤防へ上がる石段がついている。これ幸いとそこを上がって驚いた。川の行く手に三上山が見える。構図としては写真025と同じ理屈なのだが、電線がない分こちらの方がはるかに見栄えがする。こんな風景があるとは、今のいままで知らなかった。
 と、シャッターを切った瞬間、足元のヨシ陰からアオサギが飛びたった。あまりにも目の前だったので、向こうも驚いただろうが、こちらもびっくりした。首筋から胸元へかけての筋肉の動きまで見えるような近さだったが、レンズを回して絵を整えるのがこれで精いっぱい。おるならおると一言いうといてくれたら準備の一つもしておくのに。




写真027.菩提寺山
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 ここのところ宮川の下流行く手に見える山、全部同じ写真に見えるかもしれない。これは堤防を上流へ小道を遡って松籟会館近くの名無し橋A畔で撮ったもの。三上山の手前に見える山の全貌を見たところである。東海道からも見えた山である。このあたりで右に見える山といえば菩提寺山しか考えつかないのだが、ひょっとしてということもある。頭首工岸から撮った菩提寺山と比較してみた。遠近の差はあるが方向は大差なし。稜線の動きは同じである。




写真028.石部西交差点
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 東海道へ戻って石部西交差点へ出る。街道はそのまま直進、宮川畔へ出るには右折という場所である。

  写真029.S字カーブ
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 S字カーブを行く。街道を一歩離れると風情が変わるから不思議である。








写真030.宮川畔
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 すぐに宮川畔へ出る。道が堤防へ上がってきたところである。右折すると名無し橋Bだが、そちらへ行く車はない。堤防下の民家の軒先から三上山がちらりと見える。このコースではこれが最後だった。

  写真031.山間部へ
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 川は山間部へと向かう。200mほど進んだところで、左側に田んぼを挟んで落ち着いた雰囲気の参道が見えてくる。






7.吉御子神社
写真032.吉御子神社
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 田んぼを横切って行ってみる。ヨシミコ神社と読むらしい。石柱の字では読めんやつがいるかもしれんからと提灯には楷書で書いてある。「吉」の字は「土」か「士」かで悩むやつがおるだろうな。







写真033.吉御子神社参道
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 参道である。難儀なんだなー、一見まっすぐなようでどこか歪んでいる、こういう場所はどう撮っていいかわからなくなる。あれやこれやと気を使い過ぎるとシャッターが押せなくなる。えいや!でやるしか仕方がない。もう1枚。よく見ると入り口が水をためる堰のように板を落としたように見える。本来これは水平な庭。仕切りの石がこのように見える。しつこいけどもう1枚。どう見ても板を落としたように見える。




写真034.本殿
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 その気になって撮ったけれども、やはりどこか歪んでいる。左右の柵に対して本殿が左に寄っている。いけませんな、信仰の対象を遊びの道具にして。お詫びの印に最後にもう1枚おまけ
 振り返ったら、宮川の堤防の上に、菩提寺山が夕日を受けて輝いていた。







写真035.山間部を行く
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 吉御子神社をあとに 宮川沿いへ戻る。道は山間部へ。石部の街にはこういう山間部を川沿いに行く道が多い。このあと宝来坂から石部高校前交差点あたりもこれとよく似たムードだ。写っている橋はどこかの工場への出入り口。もちろん名無し橋。会社名は調べてこなかった。Google Mapには「石部工作所」とあるが。




写真036.さらに上流を
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 石部工作所入り口の橋から上流を見たところ。突き当りに何か白い壁ようのものが見える。工事現場の囲いのようにも見える。

  写真037.落差工
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 白い壁の少し手前にちょっとした落差工ある。水の流れにちょっとした雰囲気がある。








写真038.白壁のT字路
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 左「じゅらくの里」、右「雨山文化運動公園」との表示がある。そういう分岐点ではあるが、実際にはそういう情緒のあるようなところではない。白囲いが似合わないし、道路も何となく泥っぽい。工事現場の雰囲気である。このように道路が分かれるが、実はここで川の流れも分かれていく。何度も書いてきたが実際の川の流れとしては上流から来た2本の流れが、ここで合流していることになる。
 右へ分かれている道の橋が「名無し橋C」、左へ行く道軽自動車の奥の橋が「名無し橋D]である。


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