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N01.大山川流域

N0101A. 東光寺越え

取材:2012.10
初稿UP:2012.12.12


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1.花緑公園から
地図04.東光寺越え
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 三上山の北西側は等高線を見る限り水を分けるような顕著な尾根は見受けられない。落ちた雨はどちらへ流れるか。とにかく運に任せて斜面を流れ下るとしかいいようがない。麓近くに達したとき、北へ続く尾根道の東へ流れたものは野洲川へ、西へ流れたものは家棟川へという勘定になる。その尾根道の最低部、いわゆる鞍部が”東光寺越え”である。カシミール3Dによる立体表現をどうぞ。



地図05.花緑公園概念図
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 左の地図は花緑公園内に設置してある地図から関係エリアを切り取ったものである。中央の赤線が今回歩いた道。
 「森林のわくわく学習館」裏手から山道へはいる。赤線にしたがって東光寺越えまで10分あまりである。随所に道標が立ち「東光寺越え」をたどれば迷うこともない。





写真01.わくわく学習館裏手
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 森林センター駐車場から構内を通って「わくわく学習館」裏手へ回る。小さな流れに橋がかかっている。写真左手が学習館正面、右が山手である。








写真02.いこいの森ゲート
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 森へ入ってすぐ稲妻橋があって「いこいの森」というゲートをくぐる。


  写真03.赤青の椅子
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 ちょっとしたコーナーがあって、陶器製の赤青の椅子が並んでいる。上の地図では最初の青線との分岐点に当たる。「こかげのコル」と「古代峠・展望台」との指導標が立っている。





写真04.F13ポイント
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 F13ポイントの道標が立っている。花緑公園遊具広場から来る道と合流する。稲妻形の木道があってその下をちょろちょろと水が流れている。
 「こかげのコル・東光寺越え」を目指す。







写真05.こかげのコルへ
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 こかげのコルへ向かう。道には石と呼ぶには大きすぎる石が露出している。回りが浸食されたためだろう。道の両側はシダが生い茂る。もう1枚









写真06.F8ポイント・こかげのコル
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 こかげのコル、上の地図05ではF8で示されている。「コル」という言葉は日常あまり使われないが、登山の業界用語で「鞍部」のことである。この場所が地形的にコルであるかどうかは別にして、何となく響きのいい言葉である。この公園内の地名を示す言葉には、他にも「古代峠」「びわ峠」そして「東光寺越え」等、響きのいい言葉が使われている。





写真07.東光寺越えへ・1
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 いよいよ(といっても歩き出してからまだ10分ほどしか経っていないが)東光寺越えへかかる。ご覧のような階段の遊歩道である。この「東光寺越え」、現在の野洲市妙光寺にあった慈覚大師開基になる東光寺(現在は廃寺)に因むという。野洲市行畑にある背比べ地蔵前に、「東光寺不動明王云々」の碑が建っている。





写真08.東光寺越えへ・2
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 しばらく行くと空が抜けてくる。普通の山登りではこれにだまされて、”あーァ、まだ上があったんや”と情けない思いを繰り返したものだ。永年身に付いた猜疑心は簡単にはなくならない。まさかこんなに近くはないやろう。


  写真09.東光寺越えへ・3
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 ホンマ、すぽんと抜けている。もう間違いはないだろうとは思いつつ、いやひょっとして。









写真10.東光寺越え
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 たどりついた峠、比叡山が見えるし琵琶湖が見える。何や、こんなに近いのか。振り返れば登ってきた道の向こうに、名前までは定かではないが、希望が丘方面の山が遠くに見えた。足下に指導標があり、ここが妙光寺御池と花緑公園をつなぐ「東光寺越え」であることを示していた。間違いなく分水界である。




2.妙光寺御池から
写真11.鞍部を見る
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 野洲市三上・新幹線近くから、東光寺越えを遠望したところである。画面右外が三上山、左外が妙光寺山である。右上から三上山の稜線が下ってきて、いったん小さな段があって、もう一度下ったいちばん低いところ、そこが”東光寺越え”である。







写真12.東光寺山群
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 国道8号から妙光寺の集落へ入り、山手へ抜けたところに「野洲川田園空間博物館」の案内板が立っている。それによると・・・妙光寺山と東光寺山群を結ぶ山道はパノラマコースです。・・・妙光寺山、三上山および東光寺山群の山腹には多くの寺院があったといわれ、東光寺と呼ばれていましたが戦乱により消失したといわれています。・・・とある。
 さてその「東光寺山群」とは。地図のまん中あたりに赤で現在地があり、その右上に妙光寺山、さらにその右上に見える。イメージとしてちょっと違うような気がするが、それは山群であり、寺院は妙光寺山、三上山、東光寺山群の山腹というのだから、その三山が囲む空間、いまの御池あたりを中心に存在したのだろう。



写真13.御池畔から比叡山を見る
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 妙光寺御池、集落から離れた高台ある。その池畔に立つと、野洲市三上・妙光寺地区、守山市の市街地の向こうに比叡山が見える。
 写真には写っていないが三上地区、妙光寺地区の水路を見ると水はすべて北の方、家棟川へと流れている。





写真14.三上神社
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 静かな佇まいを見せる三上神社(御上神社ではない)。池の北側、妙光寺山山麓にある。三上にあるのが御上神社。どちらも「みかみじんじゃ」だからややこしい。

  写真15.御池から見る東光寺越え
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 右が三上山。左のいちばん低いところが東光寺越え。










写真16.山へ向かう
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 御池を左に見て山へ向かう。見えているのは花緑公園との境の稜線。東光寺越えは手前の木々に隠れて見えない。









写真17.境谷入口
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 池の終わり辺りで右へ向かって指導標があり「境谷入口」とある。それはいいのだが、入口あたりが湿地になっていて、丸太棒が渡してある。こんなところを渡って、命は大丈夫だろうけど、棒がくるんと回れば・・・若いころならともかく、その年でと笑いもの間違いない。結局遠回りをして何とか通過。





写真18.細い道
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 道幅は定員一人、ところどころ草が生い茂って判然としないところもある。あまり人が通っていない感じ。東光寺の伽藍があった昔はいざ知らず、希望が丘・花緑公園が出来る前まですなわち希望が丘道路が出来る前までは、この道は妙光寺から北桜・南桜への近道としてよく利用されていたと考えられる。車社会になるにしたがって使われなくなったのだろう。





写真19.ぬかるみ道
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 ところどころこのようなぬかるみがある。丸太棒が並べてあるので、誰かが手入れはしてくださっているのだろうが、通るのに難儀するところもある。








写真20.シダ
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 シダが茂っている。花緑公園側にもこういう雰囲気のところがあった。これが向こう側まで続いているのかというとそうではなく、峠近くではなくなってしまう。花緑公園側でも同じだった。高さによって生息範囲が決まるのだろうか。






写真21.峠近く
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 峠近く、シダが最後になる。あとは松の木や灌木が雑然と立ち並ぶ。写真には写っていないが右側には三上山が身近に見えるようになる。


  写真22.振り返ると
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 峠が近い。うしろが明るくなって、振り返ると琵琶湖が見える。









写真23.三上山
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 峠に登りついて見上げる三上山。右肩に午後の太陽。

 いわずもがなのことだが、まず手始めに「東光寺越え」へ。前半は東側の花緑公園から、後半は西側の妙光寺御池から。ところどころで出会った小さな流れは、歩く向きとは逆に流れていた。「谷筋を峠へ向かえば、水は歩く向きと逆に流れる」、そんな当たり前のことが新鮮だった。



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