００．このとき越えた大分水嶺
地図００-０５Ｂ．（磐越西線・沼上トンネル～関越トンネル）後半
前項では大分水嶺が磐越西線・沼上トンネルの上を越えてから福島県を東西に分け、栃木県の那須連峰の北の端、三本槍岳の北方・栃木県との県境（本文内の地図ではＧ点となっている）に出てから、栃木県との県境を進む。そして黒岩山を境として、南側が群馬県に替わる。すぐに県境は尾瀬沼に入って行くが、大分水嶺はそれを南側へ迂回していく。尾瀬沼・尾瀬が原を越えたところで至仏山（百名山）に至り、そこから北へ向木を変え、本文内の地図のＭ点で、県境と同一ルートに戻る。そこから群馬県最北端の大水上山に至る。利根川水源の碑が立つのはその南峰の方である。百名山・巻機山を過ぎると清水峠は近い。
本稿は”０５磐越西線・沼上トンネル”から”０６関越トンネル”までの間の「大分水嶺」、特に太平洋側が尾瀬・利根川源流域に当たる地域のレポートである。１～５間のような、黒つぶしに当たるポイントはない。
１．大分水嶺の流れ
地図０５-1 尾瀬沼・尾瀬ヶ原
大分水嶺は、尾瀬沼の東の地点（Ｋ点）で南へ変位し出す。そして尾瀬ヶ原の南方、鳩待峠―至仏山の間（Ｌ点）で向きを北へ変え、新潟県と群馬県の県境に立つ大白沢山の少し北西方のＭ点で県境に合流する。もし、この大分水嶺に沿って県境が設定されていたら、これらの「尾瀬エリア」のほとんどが、福島県・新潟県に属していたことになる。
なおＫ点を出てから三平峠・富士見峠・鳩待峠をへてＬ点に達するまでは、大分水嶺は群馬県利根郡片品村を二分する形ですすむ。なおＬ点は群馬県利根郡みなかみ町と同片品村との町村境界線の線上にある。
さて尾瀬である。
尾瀬といえば『 夏の思い出』、江間章子作詞、中田喜直作曲。名曲である。１９４９（昭和２４）年の ＮＨＫラジオ歌謡。私はそのとき高校１年生だった。日本中がまだ雑然としていたころで、街でパンを買うにもクーポンを持って行かなければ買えない時代だった。尾瀬が何たるかも知らず、歌詞の中に出てくる”遥かな尾瀬”を”遥かな尾根”と聞き間違えていた。これは間違えた方の責任だろうけど、水芭蕉が夏に咲くものだと思いこんでいたのは歌詞の責任だといまでも思っている。『夏の思い出』という歌に”・・・水芭蕉の花が咲いている”とあるのだから。そういう妙なカン違いは別にして、尾瀬をきっちり知ったのは２０歳代になってからだったか。尾瀬へ行くならそれより近い槍や穂高ということになる。最後まで尾瀬は遠かった。
◆上の地図０５-1は「尾瀬沼と尾瀬ヶ原」を中心として県境と分水嶺が分離している部分である。地図の大きさとしてはこれで精一杯。等高線を読みながらという見方は無理である。そこで、それぞれの部分をもう少し拡大して見ることができないかと遊んでみたのが右のシステムである。
前項０５_a・地図０５のＪ点（黒岩山）を過ぎて、大分水嶺（赤線）が県境から離れて尾瀬ヶ原の西北方・大白沢山付近のM点で再び合流するまでの間、大分水嶺（赤線）をトレースしたものである。
ボタンにマウスＯＮでボタンの文字が赤色に変わり、ミニサイズの地図見本が表示されます。そのままの位置で赤文字をクリックすると拡大地図が表示されます。そのまま画面（拡大地図）クリックでボタン位置に戻ります。ボタンは”黒岩山”から右へ矢印に沿って進むと大分水嶺に沿って順序よく表示されます。
t. 燧岳
――広大な尾瀬ヶ原を差し挟んで東西に対立している燧岳と至仏山。――深田久弥著・『日本百名山』、「燧岳」の書き出しである。上の地図０５-1 尾瀬沼・尾瀬ヶ原に見るように、至仏山は後述するように大分水嶺上に立つが、燧岳は尾瀬沼の北西寄りにあり、大分水嶺からは離れている。
同書には――尾瀬沼は会津と上州の国境線が湖上を通過しているので、「さかひ沼」の称があったのであろうが、燧岳は全く会津領内にある。福島県南会津郡桧枝岐村の地籍で、地理的にいえば、那須火山脈日光火山群の一峰である。頂上は二峰に分かれ、三角点のある方を俎嵓（マナイタグラ）、他方を柴安嵓（シバヤスグラ）と呼ぶ。クラは岩の意でマナイタグラは俎のような岩の形に由るものであるが、シバヤスグラのシバヤスは何かまだ分からない。――とある。（燧岳・尾瀬沼地図）
u. 至仏山
尾瀬ヶ原の西南西方、群馬県利根郡みなかみ町と同片品村の町村境、大分水嶺上に位置する。
『日本百名山』には、次のようにある。
―― 宝文六年の『会津風土記』には至仏山、安永三年の『上野国誌』には四仏山と記されているそうだが、この山には何ら仏教的な謂われもないし、里から遠い奥山であって、古くからお寺参りされたという話も聞かない。
おそらく至仏は宛字（あてじ）であろう。この山の頂から北東へ流れ出る貉沢というのがある。これはムジナ沢ではなく、ムジナッツァワと呼ばれているのは、尾瀬沼の早稲沢がワセッツァワと促音に発音されているのと同様である。私の友人である田辺和雄君は、ある時土地の人がこのムジナッツァワをシブッツァワとも呼んでいるのを聞いた。シブッツァワは渋沢であって、山ではよくある沢の名である。このシブッツァワの最初の三文字が至仏となったのではあるまいか。――
私も恐れながら、この山は何か仏教的ないわれのある山だと早合点していた。なるほどなー。シブッツァワの最初の三文字。現場でなければたどりえない発想だ。
地図０６.新潟／群馬県境
そして、大分水嶺はＬ点で北へ向きを変える。なお、同点は利根郡みなかみ町と同片品村の町村境界線上にある。その後、至仏山を越えて北上し、Ｍ点で県境（日本海側は新潟県／太平洋側は群馬県）に合する。なお、Ｍ点では地図０６には大白沢山とあるが、これは地図０５-1にみるように、この山のピークはＭ点から若干尾瀬ヶ原の方へバックしたところにある。
このＭ点から西方巻機山あたりまでは、利根川源流部がぐっと新潟県側に入りこんでいる。
v. 平が岳
この大分水嶺を意識するまで全く知らない山だった。これが、深田久弥著『日本百名山』に入っているという。
――平ヶ岳は、日本百名山を志した最初から私の念頭にあった。あまり人に知られていないが、十分にその資格はある。
どこの山へもワンサと人が押し掛ける時代に、まだろくな登山道もないという。しかしこれは深田氏が登った昔の話だろうと思ってネットで調べてみた。困難さは今も変わらないらしい。
Webサイト・YAMA HACKによると、。一般的な登山道のコースタイムは往復でなんと約12時間！日本百名山の中で「日帰り登山の最難関」との呼び声も高いです。『百名山』にある話ほどではないにしても、登りにくい山であることはに代わりはないようである。
w. 大水上山
ＷebサイトYamakei Onlineいよると、概略次のようにある。
――群馬県の最北端にあり、利根郡みなかみ町と新潟県魚沼市、同南魚沼市との境をなしている。山の高さはそれほどでもないが、利根川がこの山頂直下の三角雪渓のひとしずくから始まることから名山の１つに数えられている。大利根岳などの別名もある。山頂は北峰と南峰があり、三角点のある北峰は１８３１ｍ、南峰は１８３４ｍ、南峰のほうが標高が高い。どちらも大分水嶺が通っている。１９８８（昭和６３）年、群馬県では南峰の山頂に「利根川水源」の碑を建立した。また、この地域は環境庁により、「利根川源流部自然環境保全地域」（全域特別地区）に指定されている。――カシミールによる地形図・同カメラ位置地図。
x. 巻機山
尾瀬沼から尾瀬ヶ原、利根川源流部。尾瀬は日本海側にあり、利根川源流部は太平洋側にある。その間を大分水嶺が大きく南北に蛇行する。このエリアに深田久弥が選んだ日本百名山のうち４峰が座を占めている。燧岳・平が岳・至仏山・そしてこの巻機山。このうち燧岳は尾瀬沼の北にあって、明らかに大分水嶺から離れている。次の至仏山と平ヶ岳は大分水嶺上にある。そして最後の巻機山、これはどうしたものかと悩んでいる。
実はこの巻機山、ピークが大分水嶺から約２００ｍ離れているのである。こういう場合、巻機山は”大分水嶺上にある”といっていいのかどうか。もちろんこういったケースが他にも結構ある。例えば有名な安達太良山、これは約６００ｍ離れている。そして、那須連山の三本槍ヶ岳、これが３５０ｍ。すべて何の関係もない状態ではない。どの場合も、大分水嶺が頂上のすぐ近くまで登り詰めながら、頂上を経由しないで通り過ぎている。山歩きでいう”頂上を巻く”というやつである。
気に食わない山なら２００ｍ離れているのを理由にボツにすればいい。しかし、この巻機山の名はよく聞いた。その上に、『日本百名山』での深田久弥の文章、鈴木牧之の『北越雪譜』からの引用も面白い。巻機山の西北西ぐらいのところに、”割引山”という山がある。ワリビキ山て何やね。しかしその話が面白い。これも何かの縁である。
『日本百名山」からそこの部分を、
――山間の僻村清水はこの巻機山の真下にある。部落から少し登ると、巻機山の前に、天狗岩（あるいは黒ツルベ）と呼ばれる黒々とした岩峰がニョキッと立っているのが印象的である。その右裏に頂の平らな巻機山がゆったりと伸びている。
越後塩沢の住人鈴木牧之の『北越雪譜』は、南魚沼郡の雪の話や伝説などを書いた名著とされているが、上下二巻の中で山の名が二つだけあがっている。一つは苗場山であり、一つは破目山（われめきやま）である。苗場山はわかっているが、破目山とは聞いたことがない。叙述にはこうある。
「魚沼郡清水村の奥に山あり。高さ一里あまり、周囲も一里あまりなり。山中すべて大小の破隙（われめ）あるをもって山の名とす。山の半は老樹枝をつらね、半より上は岩石畳々として、その形竜躍り虎怒るがごとく、奇奇怪怪言うべからず。麓の左右に渓川あり、合して滝をなす。絶景また言うべからず。云々」
この描写から察して、私は牧之の指す破目山とは今の巻機山前峰の天狗岩に相違ないと思う。岩石が奇々怪々であることも、村人がその絶景を賞していることも、すべて記述通りである。五万分の一の地図では、この岩峰の背後の三角点のある山に割引山と記入されている。割引山とはワレメキ山の聞き誤りに違いない。清水から仰ぐと天狗岩とその三角点の山とは重なって見える。陸地測量部の人が村の人にこう訊いたかもしれない。
「あの山は何という名前かね」
「あれ？ あれはワレメキ山でさア」
「なに、ワリミキ？ ふん、ワリビキか」
すぐ地図の上にワリビキ山と記入される。しかも誤ってその背後の山がその名を負ったのだろう。――
鈴木牧之の文章に不思議なところがある。「魚沼郡清水村の奥に山あり。高さ一里あまり、周囲も一里あまりなり。・・・」。？「高さ一里あまり・・・」。一里というと確か４Ｋｍのはず。だとすると４０００ｍ。そんな馬鹿な。富士山より高い山が・・・。なんぼ大分水嶺に近いとはいえこれはおかしい。高さじゃなしに、”登り”の距離のことだろう。
y.清水峠
私が”清水”の地名に出会ったのは、子供のころに見た絵本の”清水トンネル”であった。どんな絵でどんな機関車が走っていたか、絵の記憶はないが、当時、日本一長いトンネルとしてその名だけが記憶に残っていた。それが”清水峠”につながった。後年、山へ行くようになってからだったか。”清水トンネル”と”清水峠”、当然そばにあると思いこんでいた。例えば、丹那トンネルは、その真上にある”丹那盆地”の名にちなむという。まさか清水トンネルは峠の真下だとは思わないが、まあその近くだろうと考えた。それぞれのトンネルから峠までの距離を測ってみると、いわゆる在来線上越本線の清水トンネルからでは５．５Ｋｍ，現在のトンネル群の中で一番遠い関越トンネルからでは，８．３Ｋｍも離れている（いずれも大分水嶺上での直線距離）。
清水峠Wikipediaによると、
――清水峠越えの道は、古くは「直越」（すぐごえ）と呼ばれ、上野国と越後国とを結ぶ最短ルートであったという。この道は上野国水上（現・みなかみ町）から越後国清水（現・南魚沼市）までの距離に因んで「十五里尾根」と呼ばれ、上杉謙信の軍勢が関東への行軍の際に使用したことから「謙信尾根」とも呼ばれている（地図に表記あり）。しかし江戸時代には三国峠越えの三国街道が整備されたことから、江戸時代を通じた２００年以上にわたって清水峠はほとんど利用されない期間が続いた。
１８８５（明治１８）年に、幅員５ｍの国道として整備された。しかし、直後から豪雪と雪崩で道路の破損が続き、補修が追い付かない状態になった。それが現在の中断した国道２９１号につながっている――
という。
私如き素人は、雪害を避けるためにトンネルを掘るのだと思うのだが・・・。本稿第１編、仙岩トンネル（田沢湖線・秋田新幹線）とよく似た話である。
上の地図をさらに北の方に目を向けると、かつての清水越え（ちょん切れた国道２５１号）と清水トンネルをくぐった現在の交通機関のルートとが、南魚沼辺りで同じルートに集約されるのがわかる。どこを通ろうと雪は同じ。同じ雪に苦しむならば、ちょっとでも近いほうを選んだ江戸時代の商人魂が見えてくる。それにひきかえ現代のルート決定の考え方、少々遠回りをしてもルートの安全性を重視、保守の容易なルートを選ぶ。時代々々での考え方の変遷が見えてくる。