地図S01.野洲川源流域1・武平峠
最後に、野洲川流域の分水嶺を改めて一周するのがこの総集編の目的である。最初、北周りを”内回り”としようかと思った。当然”南回り”は”外回りということになる。野洲川流域は南側を外として、弓なりに反っている。北側は野洲川そのものが主役であるが、南側は下流部こそ野洲川が主役になるが、中流部は杣川。上流部は田村川の二大支流が主役になる。
総集編第U部は、野洲川下流部と杣川流域を対象とした。その結果、鈴鹿山系の南から、青野川・杣川・櫟野川・大原川の4流域が第U部に含まれることになった。
したがって総集編第V部は、改めて、野洲川・田村川・太郎谷川・笹路川・山中川・唐戸川の6河川の滋賀・三重県境をたどることになる。これら6流域の県境を越える峠で、国土地理院Web地図に、峠の名称が記載されているのが、北から順に、武平峠・水沢峠・安楽峠・鈴鹿峠・坂下峠の5つである。この中で、実際に訪れた峠は武平峠・安楽峠・鈴鹿峠の3つ。後の2つは、残念ながら地図上で読むだけである。
武平トンネル
鈴鹿スカイライン(国道477号)が滋賀・三重県境を越えるトンネルである。滋賀県側から見たところ。標高: 806m。477号はどこへ行くかわからんややこしいルートで有名だが、この峠近辺では、滋賀県日野町から三重県菰野町を結ぶ。
三重県側がスポンと抜けて見える。ここを初めて抜けた日、ほんまに向こうに道があるのだろうかとブレーキを踏んだのを思いだす。右側のガードレールの奥の隙間が駐車場広場入り口。このときもトンネル内が片側通行だったが、スカイラインそのものが花崗岩質の崩れやすいところを走るため、通行止めになることが多い。
武平峠
トンネル入口の駐車場から歩きだす。年寄りには結構きつく感じたが、山道にはガレ場の石ころが敷き詰めてある。石が勝手に転がってきてこんなに都合よく並ぶはずはない。誰かが手入れをしてくださっているはず。・・・と考えながら歩くまでもなく、目の前が峠だった。駐車場から時間にして20分足らずで峠だった。ズボラな登山である。上りの山道がすっと水平になる雰囲気。シルエットの矢印。いい雰囲気だった。
登りついて、振り返って見た道しるべ。菰野町観光協会の名がある。三重県側はすぐ下が菰野町だ。その菰野町側から登りついて、左へ折れれば鎌ヶ岳、右へ折れると御在所岳という案配。両者のほぼ中間がこの武平峠というわけ。甲賀市水口町の北のはずれから、何気なく撮った写真にこの山が写っていた。雪をまとった岩峰。鈴鹿のマッターホルンと呼ばれるのもむべなるかな。
wikipediaによると、峠の名称については、・・・・峠の近江側にかつて茶店があり、近江蒲生郡出身の久田武平が譲り受け、そのため「武平峠」と名がついたもよう。…とある。また、日野商人が伊勢へ向かう道として使っていた。伊勢側の湯の山温泉は湯治に訪れる人が多く、江戸時代はとくに栄えた、とも。名称については、----大河原越え、湯ノ山峠、湯の山越、仁正寺越え、とも呼ばれたとか。前3つについては分かるが、”仁正寺越え”については?。
湯の山温泉の方から、鎌ヶ岳方面への山道は何本か認められるが、峠として県境を越える道は見当たらない。
谷あいを通してみる三重県側の平野部。かなりかすんでいる。実はこの日、山の中の撮影になるので、光が強いとコントラストが強くなり苦しいだろう。と、うす曇りの日を選んだ。ここへきてそれが災いした。レンズを伸ばしてもう1枚。透明度の高い日だと、伊勢湾が一望だとか。残念。
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