デジカメわいわい村
とれとれ作品集 NO.47

2010年01月・後半

も ど る



森川 HND HN papur S.TまさーきMEGWMRTSKIMRYM

も ど る
■森川邦昭

■着信:2009.01.13
■撮影場所: 希望が丘公園
■1.命
 芽吹きを葉っぱと茎に当たった光を添えて表現しました。
◆狙った意味は分かるのだが、少し絵が単純すぎたか。主役の芽・茎がまん中に来たことで、よけいに単純に見えてしまう。バックのボケもいいし、撮り方の基本はOK。葉がテカリ気味なのが少々気になる。
■2.空
 ただ広い公園で何もない空間。幾何学模様とその先の広がりをちょうど二人の方が歩いておられたので絵になるかとの構図を考えました。前方の空も広がりの表現上必要と少し入れました。
◆人物の大きさで広さを表現した。冬枯れの芝生だけでは単純になるところを、幾何学的な線で埋めた。線の方向、人物の動き、両方とも右上へ向いている。それを考えると、そこ(構図の流れの行き着くところ・右上)にある小山の上の木を生かしたかった。あと少しカメラを右上へ振って、木の全体像を見せた方がよかっただろう。人物も動いているので、瞬間的な判断だが。左手前にある木は不要だろう。
■3.趣
 メジロが主役ですが小さいです。でもこれでも目は鳥に行くのではと考えました。題名にこまりましたが微笑ましい光景の表現です。
◆相手が小さく、じっとしていないから、そのときそのときが勝負。どう切り取るかは瞬間瞬間で判断。野鳥を専門に撮っている人の苦労が偲ばれる。HNさんなどの話を聞くと頭が下がる。初めのうちはどうしてもこのように、狙った鳥がど真ん中へ来る。仕方ないことだろう。カメラブレもあるようだ。


も ど る
■HND

■着信:2009.00.00
■1.枯れ花
 枯れ木に咲く押し花のような花を撮りました。バックの白い筋が多少気になりますが。
◆葉か花か、がくかも知れないが、とにかく横に3枚並んだ。いちばん右が白く飛んだ。これの解釈で評価が分かれるだろう。2対1に分かれてリズム感がいい。これは間違いない。この白飛びが致命傷だと考えるか、逆に目立つからこのリズムが生きてくると考えるか。(左側の2に対して、バランスをとるようにちょっと離れて強い白)。わたしも迷ったが、最終的にはこれでいいのだと感じるようになった。左上から下りてくるボケの線は確かに邪魔だが、それよりも、右下隅の白いボケの方がもっと気になる。これは何とか処理したい。カメラブレが気になる。
■2.扇模様
 地面の筋が扇のようになり印象的でした。撮る場所によって何のへんてつもない景色になるので苦労しました。
◆半広げの扇のような構造物。芝生が色づくと魅力がなくなるのだが、冬枯れの今の時期はけっこう印象が強い。ところでこれらの線を肉眼で見たときとの感覚を思い出してほしい。広がりをもっと大きく感じたのではないか。レンズはそこそこのワイドレンズだ。ワイドレンズは遠いものを小さく写す。平行線でも遠くは狭く写る。現実の線は扇型で遠くが広がっている。レンズはそれを狭めようとしている。風景の構造とレンズの働きが逆になった。たとえば森川さんの2枚目、現実の風景とレンズの作用が相殺されて線が平行に写っている。発想の転換で、向こう側から狙って見ると(扇の縁から要の方を向いて)別物が見えてくるかも知れない。
■空に向かって
 途中の木の切口を入れて、空に向かって雄大に広がっている様子を撮った積もりです。
◆空に向かって雄大な広がり。特に画面の右半分、これは見事だ。気持ちがいい。しかし、それに対して、手前の切り口の意味が分かりにくい。何でこの風景に切り口が必要なのか。ワイドのテストに撮ったのなら意味も分かるけど。
 




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■HN

■着信:2010.0115
■1・湖北の琵琶湖
◆湖北の典型的な風景。普通、夕日を撮るので、竹生島を入れて撮るのが定番になっているが、これは湖北の山を奥に持ってきた。不思議なことに、この違いだけで新鮮さを感じる。入江か河口か、それと裸の木を手前に持ってきて、沖の木々と対比させた。奥行き感も出て、先ずは成功。
 若干気になる点として、右の木が奥の島と競合してうるさくなったところ。左の画面外にも木があるらしい。それを前景として、右の木を外したほうが絵としては安定したのではないか。
■2・西の湖の葦原
◆これも西の湖の典型もの。葉が落ちているので遠望がきく。船と右の木を前景に持ってきたのだが、もう少し遠望がきく方が絵としては落ち着くだろう。しかし、この場合、遠方の三上山が目につく。左へ寄って、左右の木の間隔を空けたいところだが、そうすると三上山と木がさらに重なってしまうのか。思い切ってさらに左へ寄って、「レ」字型の木の間へ山を持っていく手もある。
■3・葦原に裸木
◆これは船のようなしっかりしたものがないから、カメラ位置はかなり自由になる。山の右肩と木が重なりかけているから、あとほんの少し左へ寄ってもよかった。これだけ細かいことはファインダー内で確認することは不可能だから、肉眼で子細に風景を見つめて、ここだという場所をきめること。カメラを覗きながら構図を決めようとすると、後で「しまったー」ということになる。




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■papur

■着信:2010.01.16
■古い作品です。勝部神社の火祭りと琵琶湖に飛来する白鳥です。 火祭りは人が構図に入らない様に気を使ったの事おぼえてます。デジカメとの出会いで説明書が手離せなかった事おぼえてます。(5年前です)。コハクチョウは流したつもりです。(3年前です)。
■1.裸祭り
■2.夜空を焦がす
◆勝部の火祭り。1.2ともよく似た距離感である。どちらも一段高い台があるのだろうか、何人かの人が浮き上がって見える。説明書片手にの時だから、思い切った構図は無理だろう。無難な写真になっている。それでもこれだけ写るのだから、日本のデジカメはよくできている。見物人が入ってこないように苦労したらしいが、この場合は、画面の端にすぐ前の人のシルエットを入れた方が距離感がでてよかっただろう。1の写真の下方、黒くつぶれているところに、ノイズが見られる。画質調整で無理したのだろうか。
■3.ハクチョウノの飛来
◆これは長いレンズらしい。2羽揃って着水するところを流し撮りした。バックが流れて鳥本体が止まっている。羽のぶれも適度でうまくいった。前の鳥の左足から水しぶきが出ているが、着水の瞬間というところか。次の瞬間には、2羽ともこの水しぶきを上げてということだった。そうだともっと迫力が出ただろう。しかし、それは欲というもの。見事な一枚。




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■S.T

■着信:2010
■1.初詣:ご夫婦での手水場。何を祈願するのでしょうか?私は山門の門扉の菊の御紋が目に付きました。
◆「菊の御紋に目がいった」とのことだが、そこが肉眼と写真との違い。人間の目は意識したものが大きく見えるという特徴を持っている。生理学的に根拠があるかどうかは知らないが、わたしはそう信じている。カメラはそういう心理作用は持たないから、冷徹に見たものをその通りに写す。
 この写真を見て、第1に目につくのが、右側の2本一組の柱、その次に手を洗う夫婦とその前の3本組の柱。おそらく菊の御紋はいわれなければ気がつかないのじゃないか。これがホントに写真の難しいところ。
■2.縁結び:おみくじを結ぶのを見つめる。
◆これも1とよく似た問題である。上下2本のおみくじの線の間から見える顔を狙った。右から2人目の女性が狙いだったらしいが、写真を一目見たとき目にはいるのは、その奥の赤い服。これをみて、顔切れてるやん、何でこんな撮り方したん、と思う。そしてよく見ると手前の女性はきっちり撮れているから、ああそやったんか。なかなか肝心のポイントに行き着かない。難しいところである。
■3.あめ細工:懐かしい!注文後素早く作るので驚きの子供がと思いましたが残念ながら押し出されました。
◆子供の驚きの表情を狙ったのだが、となるとポジションがしんどかったか。押し出されるほど込んでいてはポジションの問題どころではない。シャッター切るだけで精一杯か。イヤハヤご苦労様でした。




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■まさーき

■着信:2010.01.18
■初詣に、1月11日に京都の愛宕山に登ってきました。山頂は雪景色で、アイゼンもいるくらいでした。 ■雪の参道
 黒門前にて、お地蔵さんをアップで撮りました。雪の白、門の黒、前掛けの赤の色どりが気に入りました。
 まさーきさんがいうように、地蔵さんの赤がきいている。 広角気味のレンズでうまくまとめている。ただ、現場に立った人から見れば、門前の石段がもっと急だったのではないか。このカメラは地蔵さんをしたから狙っている。当然石段もみ上げているわけで、こういうアングルをとると、勾配はゆるく写る。現場がわからないので何ともいえないが、もし可能なら、できうる限りカメラ位置を高くする。地蔵さんをしたに見るぐらいの位置から、タテ位置でとると、石段の勾配感が出る。
 ディスプレーの明度に差があるから何ともいえないが、もう少し暗くした方が画像が生きてくる。明度調整見本。山門にかかる注連縄の稲妻状の紙などがはっきりしてくる。一つシンドイのが、門の左上のはげた木。この幹の白さが寄り強くなる。これは目立たない方がいいので、痛し痒しというところ。
■廃墟1・2
  昭和初期に清滝から、ケーブルカーがあったそうです。その不気味な駅舎がまだ残ってます。怖いもの見たさで、内部へ入ってみました。
◆まだ残っていましたか。終戦直後、中学生のころに愛宕山へ登り、「あれがケーブルの駅舎だったところ」と教えられた。半世紀以上、とっくになくなっていたと思っていたが。
 1はその廃墟を真正面から撮った。いわゆる設計図撮り。こんな廃墟に出くわしたら、やっぱり私もこう撮るだろう。こういう狙いの写真はできるだけひずみが少ない方がいい。ワイドで近寄ると、上すぼみななる。可能な限りレンズを長くして、離れた位置から撮るのがベスト。内部、これも正直な撮り方である。これはもっと廃墟の雰囲気を強く出した方がよかっただろう。壁の一部をワイドでアップして、生々しさを出すとか。また内部のうす気味悪さを出すとすれば、もっと暗く仕上げる手もある。
 参考までに、「麗しの愛宕山鉄道鋼牽線」(鳥越一郎著・2002年11月・株式会社ユニプラン刊)という本がある。それによるとこのケーブル線の開通は昭和4年、同19年廃線。山頂には愛宕山ホテルなるものもあったという。いま考えると私が見たのは、廃線の3・4年ほど後のこととだったらしい。
 同書には、京阪丹波橋駅への近鉄線(当時の奈良電)の乗り入れや、稲荷での市電と京阪電車の平面交差の話などが出てきて、当時を知る私などには懐かしかった。
 愛宕山鉄道鋼牽線について、八田のレポート




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■MEGW

■着信:2010.01.19
■1.日の出
 新御呂戸川へ再度行き、左側防波堤ラインの奥行きを出してみました。
◆人が撮った写真をあれこれ言って気が引けるのだが、やっぱりこの堤防は強いね。山と太陽に対して強い。これを少しでも小さくしようとすれば(堤防に対して山を大きくしようとすれば)、カメラをバックさせて長いレンズを使うことになるのだが、現場はバックできたか。記憶が怪しいので何ともいえないが。
 堤防云々は別にして、太陽だけを考えると明るさはこれでギリギリと言うところだろう。これ以上明るくなると画面がつぶれてしまう。
■2.霧に包まれて
  新御呂戸川で撮影を終え帰り際、振返ると東空に霧が湧き出て、見る見る景色が変わり、急ぎ川岸から幻想的な趣と思いアップで撮りました。
◆霧の中の太陽。レンズを長くした。太陽周辺の画質は上の写真よりも安定している。こういうときに短いレンズでは太陽の存在感が怪しくなる。レンズを伸ばしたのは正解だった。絵としては、左の手前の草を減らし、右から出てきている細い枝をもっと大きく入れてもよかったか。
■朝もやの風見鶏
 朝もやが濃くて山並みは霞んでいるところの朝陽と、風見鶏の東屋を撮ってみました。
◆太陽に対する画質は、3枚のうちではこの写真がベスト。ただし対岸の山は無視した構図になる。あずま屋や電柱で絵を作ろうとすると、レンズの長さは自ずから決まってくる。以下次のステップへの夢物語。常識的な絵は放棄して、あずま屋の軒と太陽が重なるのをアップするとか、風見鶏と太陽が重なるところとか、いずれにしてもうんとバックできる距離がないと無理な話だが。考えてみるのも無駄ではないだろう。




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■MRT

前号MRTさんの欄、3枚目の写真拡大でエラーが出ました。修復しましたのでご覧ください。

■着信:2010.01.20
■輝き(希望が丘)
 太陽に照らされ、”今よ”と言わんばかりに寒さの中で、輝いている姿を撮りました。
◆何かの種子だが、ピントもしっかりして、きっちり撮れている。光の具合もまずまず。しかし、バックがしんどかった。左上の暗い場面へ持っていったら、このヒゲはもっと輝いただろう。ど真ん中をちょっとはずしてね。
■日向(希望が丘)
 アジサイの葉が温かい日差しに甘え、美しい曲線を出して光をいっぱい吸い込んでいるところを撮りました。
◆あじさいの葉っぱの日向ぼっこ。これもピントは葉っぱ全体にピシャリと来ている。それに関しては文句なし。しかし、光を受けている葉っぱのすべてがてかってしまって賑やかになりすぎた。太陽に対するカメラの角度でコントロールできるはず。さらに欲をいえば、ピントをもっと浅くして、ここというポイントだけにぴしゃりと持ってくることも今後の課題の一つ。
■傘の色彩
 雨の中の旅行中、土産店に置いてある傘盾の傘が美しい線を描いて置かれて、色彩豊かな傘に驚き、傘を少し隠し線と色彩を撮るのに苦労しました。 ◆面白い写真だ。現場は暗かったのだろう、カメラが振れた。画面全体に振れが現れたら、作品としては失敗作になるのだが、幸いなことに左上の生地の線と振れの方向とが一致した。結果その縞模様の面だけが止まって見える。これで助かった。何事もやってみることだ。右上のところ、傘の骨の先端を見せた方がよかったか。
 




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■SKI

■着信:2010.
■1.さえぎられた朝日(守山市)
◆SKIさんは、いつも撮影時の状況を細かく付記されるのだが、今回は忙しかったかな。
 日の出を狙ったが、肝心の太陽が出てこなかったという話し。結果として左のような状況になった。
 まず、ファインダーがしっかりのぞけているなということ。中央の鉄塔。写真としては歓迎するものではないけど、これがしっかり直立している。縦位置での撮影はともするとカメラが傾きやすい。私なんかはヨコ位置でも必ず傾く。これはその点太鼓判。
 太陽は見えないが太陽の位置は分かる。多分この画面で太陽が見えても、絵のバランスとしては苦しかっただろう。これから太陽は毎日左へ寄っていく。山の右肩あたりから昇るときがねらい目。太陽が肉眼で見てまぶしくないときは望遠で、まぶしいときはワイドで狙う。まぶしい太陽を望遠で狙うと、ゴーストが強くて、絵が崩れてしまう。ワイドの時は山は小さくなる。太陽の状況はその日の気象状況によるから、直前にならなければ分からない。ワイドでいくか、望遠でいくか。とっさの判断になるが、事前に現場を見てイメージトレーニングをしておくと効果がある。
■2.寂(花緑公園・里の家)
◆暗い部屋の片隅で裸電球に照らされた活け花。花も、枝振りも、花瓶の右側のハイライトも、これはきっちり決まった。電球の右上の梁に当たるほのかな光が、あってもかまわないのだろうが、気になり出すと気になる。
 この花は、ボランティアのかたが定期的に活け換えをしてくださっているものだとか。その方の励みにもなることだし、SKIさんにとっても、勉強になることだし、続けて狙ってほしい。
■3.里(花緑公園・里の家)
◆上でも書いたが、この3枚はカメラの傾きもなく、きっちり撮れている。写真の縦・横をきっちり撮ることは、考えるよりはるかに難しい。たとえば水平がきっちり合えば、当然ヨコも合うだろうと考えるが、実際には、レンズの歪みがあるから、思うほど簡単にはいかない。これは縦の線が左右きっちり撮れている。
 すりガラスを通した光が返す戸棚の造作、花瓶の光など、懐かしさがよみがえってくる。




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■MRYM

■着信:2010.
■昨日は一寸温かかったので 加茂川まで出かけました。それでも 寒くって1時間と持ちませんでした。朝日を写される方の努力を痛感しました。
 ユリカモメと元気な家族ずれを撮りました。
◆1.踏み石を渡っていく行く家族連れ。前を行く子供が飛び越えるのを後で見守る両親。ほほえましい風景だ。特に黄色い服を着た女の子?のジャンプがいい。
 明るい鴨川の風景だが、光が正直すぎた。ほとんどカメラの真後ろから光が来ている。踏み石を見るとよく分かる。踏み石の一つ一つどこにも影がない。これは下流側に回ってみると状況が変わる。光は右側から来るはずだから、影もできるし、水面も部分的にキラキラ光るはず。今度行くときは、下流側に回って、人が来るのを待てばよい。思いどうりの人が来るかどうかは神のみぞ知る。
◆2.ユリカモメの集団。いわゆる群像もの。こういう場合は、この中のどれか一羽に目がいくようにしたい。たとえば、鳥は皆右を向いているから、一羽だけ左向きがいると目立つ。それを目がいきやすい所においてやる。この画面でも右上に一羽左向きがいるのだが、残念ながら目立たない。これをどこに奥かで変わってくる。
 向きだけで目立たすのが無理だとすれば、たとえば羽ばたいているのだとか、二羽が喧嘩しているところだとか、とにかく一目見て目がいくところを作る。あとは光、この場合も1と同じで、光が正直だった。
◆3.これがいちばんねばった写真だろう。蹴り上げた水がきれいに止まっている。何回か通ううちに、鳥のくせが見えてくる。くせが見抜けるようになるとしめたもの。何回も通うしかない。そのうちに鳥がいなくなる。また来年だ。
 これも光が正直すぎた。多分午前中だと思うが、光が横から来る方向、すなわちカメラを上流側へ向けることを心がけたら、かなり効果が変わるはず。





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