写真601・地図
さて、出発は中ノ池川分岐。JR線の下をくぐって流れてきた祇王井川が左へ「く」の字を裏向けにしたように折れ曲がり、中ノ池川と名を変える。祇王井川はというと、橋のたもとから肩身が狭そうに、そっと流れ出ていく。だけならいいのだが、ことと次第によっては逆流して来るという、曰く付きのところである。
写っている橋は「中ノ池川橋」。
*正式には、橋をくぐったところに設けられた堰から下流が中ノ池川。
◆余談:ある日、何気なく川を覗いてみたら、自転車が一台投げ捨てられていた。最近はこれぐらいのことをやらかす輩はいくらでもおるからと驚きもしなかったが、周囲の状況をよくよく見ると、これは投げ捨てたのではなくて、間違って転落したのではないかと思えてきた。
橋は写真で見るようにいわゆる普通のガードレールが欄干の代役を果たしている。何も知らずに車で通れば、橋があることすら意識しない、そんな橋である。でもその橋から自転車もろとも落下するはずはない。
問題はそのはずれ、川の両岸は歩行者・自転車優先道路になっている。そこにガードレールがない。といって、そこを道なりに走っていて、川に落ちるバカはいない。問題は久野部の方から走ってきて、その手前広くなっている部分でハンドルをほんの僅か左へ間違えれば、あっという間につっこんでしまう。おそらくつっこんだ本人は何が起こったのか分からないのじゃないか。怖いところである。
@現場の写真(もし写っている車と同じ向きに走ってきて、後から来る車に気をとられて、ふと左へ寄ったら…)。
A反対側から見たところ(左へ曲がるのが歩行者・自転車優先道路)。
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写真602・地図
中ノ池川。
両岸とも歩行者・自転車優先道路。どちらを歩いても問題なし。中ノ池川橋から300m足らずのところに橋がある。右へ行けば生和神社というとこである。
左の写真はさらに100mあまりのところにある橋から下流を見たところ。右へ行くと水路に出会い、それに沿って進むと祇王井川のT字分岐に出る。
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写真603・地図
上の写真602の橋からさらに150mほど下流。県道2号にかかる橋と川とで小さな三角形をなす橋がある。車が通っているのが県道の橋。この橋が、何と「中ノ池川橋」だという。前回の家棟川橋や比留田橋で経験ずみだから、またかという感じだが、ホンマ、橋の名前てどうなってるんやろね。
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写真604・地図
中ノ池川橋と書いても意味が通らない。「どっちやね?」ということになって・・・。
県道2号の中ノ池川橋から下流を見たところ。このあたりから、左岸が歩行者・自転車優先道路になる。
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写真605・地図
また「中ノ池川橋」。エエ加減にせえ。
ようするに「橋の名前なんて何でもエエねや、中ノ池川にかかる橋やから”中ノ池川橋”にしとけや」。確かにね。おそらく車で通る人は名前なんて何の必要もないわけだし、歩く人にとっても橋の名前が必要になったのは、半世紀前の「君の名は」ぐらいだろう。でもね、これで人生変わる場合だってある。もし、きれいなネエちゃんから「中ノ池川橋で会いましょう」といわれたら、さあ、あんたはどこへいく。
この橋は中ノ池川が市道南桜長原線と斜めにクロスするところにある。希望が丘から国道8号を立体交差でくぐり、図書館の前を通過、電車基地をアンダークロスして出てきた道である。流れの向こうに小さく体育館が見えている。
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写真606・地図
君の名はの中ノ池川橋に小さな橋がある。(写真605の左上隅に写っている)。そこから体育館を見たところ。
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写真607・地図
大きな落差をつくって流れ下る。へえーこれだけのすい業があったのかと驚くところである。
遠景、妙光寺山と三上山。いろんなところで何度も書いたが、手前に横たわっているのが妙光寺山(光が当たっている)、その後ろに三上山(影になっている)。
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写真608・地図
4.生和神社から江部までの写真408で出てきた東込田川と合流するところ。上の写真607はこの橋から撮影した。
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写真609・地図
体育館が近づいてくる。河床はヨシでぎっしり。ヨシキリが絶え間なく鳴く。
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写真610・地図
ヨシの間を蛇行する流れ。
車が通っているのが、体育館前の道路。(市道だろうか。右へ行くと日野川の堤防にぶつかり、右折して仁保橋のたもとで県道2号に合する)
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写真611・地図
上の写真610で車が走っていた橋。また中ノ池川橋かと名前を確かめたら、「穂波橋」だという。これはまたこった名前で。なるほど穂が波打つわけか。でも面倒くさい名前やな。穂波橋で合いましょうといわれても、忘れてしまいそう。忘れるということは連想能力欠如しているわけで。地名の冨波乙と絡めて・・・。それなら甫から「冨波橋」にしとけよ。ブルーのパイプは欄干ですぞ。
県道2号から穂波橋までは、左岸が歩行者・自転車優先道路。ちょっと荒れた感じだけど、別に歩くに苦労はしない。といっても歩いているもの好きは私だけでだけど。
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写真612・地図
歩行者・自転車優先道路は穂波橋まで。上の続きで左岸に入ろうとしたが、草が多く無理。右岸は何とか行けそう。ということで右岸へ入ったが、少し行くと草が多くなってどうしようかと考える。強行突破したが、僅かの距離だった。すぐに童子川との合流点に出る。
写っているのが右岸の道。「何ーんや、これならいうほどではないやん」と思ってはいかん。これはかなり歩きやすくなってからの様子。暑い夏の時期、この間の様子はどうなるか。現場を見る以外判断の材料がないが、草が多いようだったら、住宅地を抜ける方が賢明だろう。
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写真613・地図
二川合流。手前が中ノ池川向こうが童子川。遠くに湖南病院が見える。カメラの後は住宅地である。
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写真614・地図
穂波橋のたもとから住宅地に入り、メイン道路を道なりに抜けるとこの橋に出る。草が多い中ノ池川左岸は写真左上の堤防。見えているあたりはある国は問題なし。
左に見えるへこみが中ノ池川、右から来るのが童子川。この橋の名は「一本橋」。いいですねー。昔ありましたな、二葉あき子が歌って、「むーらの一本橋ゃ鯉の橋」、鯉と違う恋や。
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写真615・地図
さっきの草むらがウソのよう。ここから白い直線道路が家棟川合流地点まで続く。
真新しい水路。これが”ぎおう教室”のTさんが教えてくれた2号水路だろう。祇王井川
T字分岐から延々と流れていた水路である。話を聞いたあと地図を見て、何で立派な川と平行に、こんな面倒くさいコトしなくても童子川から直接取水すりゃいいのにと思っていた。その疑問が現場に立って初めて解けた。水位が全然違うわけ。ここら一帯の田圃に給水するには、童子川の水位では低すぎる。堤防の高さギリギリのこの水位が必要だったわけ。地図は便利だけれど、現場に立たなければわからにこともある。カーナビは便利だけどあまり頼りすぎると人間ダメになりますぞ。
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写真616・地図
一本橋から500m弱下流に童子川橋という橋がある。県道2号信号江部から給食センターの方へ向かう橋である。童子川橋、同じ発想やな、くさいなー。同じことを何度もやられると、人間疑い深くなる。またかと思う。しかし結論はまだ分からない。
左の写真は、童子川橋の給食センター側から。水量たっぷり、結構いい雰囲気である・・・・。
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写真617・地図
と思って反対(下流)側をみると、なに?コレ!。あまりの違いに驚く。
一面のヨシ原を細い流れが続くだけ。橋を境にこれだけ様子が変わると気味が悪い。橋の下も覗いてみたが、別に仕掛けがあるわけでもない。上流からやって来た河床の手入れを、あとはまた来年の予算でということで打ち切ったのだろうか。
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写真618・地図
童子川橋の橋の下。手前が下流、向こうが上流。
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写真619・地図
童子川右岸。広い麦畑が広がる。
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写真620・地図
どうせまた「童子川橋」やろうと、半分やけっぱちで銘板を見ると、「新童子川橋」、やりますなー敵も。
しかし、この「新」というヤツも曲者で、いくら古くなっても「新」だからたまらん。新大阪なんてのは、できてから半世紀近くになるのにいまだに「新」。いまの阪急京都線なんて、とっくに名前が変わっているのに、昔の新京阪。
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写真621・地図
その新童子川橋の左岸かもとから見た三上山。
同じような絵だけど写真616とは大違い。川の広さと電柱。もっとも川の広さは別の見方もあるわけで、こちらの方が風情があるとの見方もできる。矢張り問題は電柱。
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写真622・地図
同じ橋の上から下流を見る。流れの先に合流点の枯れ木が見える。コレが健在だったら、生きたモニュメントになっただろうと残念至極。
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写真623・地図
左岸外側の桜並木。最近力強くなってきた。これからが楽しみ。
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写真624・地図
カモが遊ぶ。
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写真625・地図
ちょっとしっかりした水門である。家棟川の左岸を平行に流れる新川という川がある。この川が童子川と立体交差する。抜けたあとは、さらに直進して、野洲市野田を過ぎたあたりで右折、家棟川河口付近で合流する。それに関する水門である。かなりの仕掛けがあるはずだが、ここではこれ以上のものは見えない。
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写真626・地図
交流点に立つ枯れ木が近づいてくる。左後ろの山は津田山。
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写真627・地図
振り返ると、童子川の水路・三上山。付近に橋はない。引き返すか、右折して家棟川左岸を遡る以外手はない。
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