こんな デジカメわいわい村
 

デジカメわいわい村
とれとれ作品集 NO.160
2014年10月・前半号

 


SS マミー HN Chou marimari

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■SS
着信:2014.10.03
■撮影場所:自宅庭と花緑公園

 近場の草花しか撮っていませんが、提出しないよりいいかと思いお送りしました。

 

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■1.つゆくさ
 朝の露草。日蔭で朝日があたらないので懐中電灯(LED)の光を当てて撮りました。
◆ ホー、れがLEDライトの光か。太陽光といわれても何の違和感もない。まあ、もっとも100%LEDというのではなく、直接太陽光が当たらないから、補助的にLED光を当てたということだろうが。これだと十分太陽の代わりができる。LEDのあるなしによって、撮影データがどのように変わったか。ライトから花までの距離など、何かの時に教えてもらえると参考になる。
 もともと小さい花で、地面からの高さもさして高くない。どんな姿勢で撮ったのかわからないが、ピントも見事である。上を向いている花びらの下の方に、黄色の小さな点が見える。何かホコリでもと思って、その部分をようく見ると、どうも水滴がついているらしい。黄色い点はその水滴に写っている何からしい。とさらによく見るとその水滴が凸レンズの働きをして花びらの筋までが拡大されて見える。きっちりしたピントがなせる業である。見事。何も遠くへ行くばかりが能じゃない。近場でこんな写真が撮れる、よくぞ送ってくださった。

 

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■2.ネコジャラシA
 ネコジャラシを逆光で撮りました。ネコジャラシの穂は逆光で綺麗に光るものと、光らないものがあるのに気づきました。穂の熟しぐあいなのかと思いますがよくわかりません。
◆SSさんは光る穂と、光らない穂があることを現場で肉眼で見分けたのだろうか。もしそうだとすると私がこれから書くことは全く意味がないことになるのだが。
 逆光で光らない穂というのは、たとえば画面の右下の穂→光らない。その次→光る。その次・右から3番目→光らないという意味だろうか。現場を見ていないので100%自信を持っては言えないが、私は次のように推測した。
 とりあえず上の3つについて考えてみる。まず右下(1番目)と3番目、この2つがぼけている。穂の大きさからして前ボケだと考えられる。この2つも肉眼で見た場合、またはこれらにピントを合わした場合は光っていると考えられる。しかし今の場合はピントが合っていない(ぼけている)。光っている部分もぼけて背景の明るさの中に溶け込んでなじんでしまっている。見えているのは例えば2番の穂の黒い部分、これがぼけて写っている。ホンマはこの周りに光っている穂がある。それが証拠に、バックが若干暗くなりかけている右下の穂は、周囲に若干茶色が見える。それから、左上でバックが暗くなっている穂は、ぼけているけどはっきり光っている。これが明るいところへ出てきたら、暗い中心部だけがぼけて写るのだろう。


 

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■3.ネコジャラシB
 こちらのネコジャラシは先端まで実がついていなくて、形が面白かったので写しました。
◆なるほど、ネコジャラシにはこんな瞬間があるんだ。気がつかなかったなー。いかにええ加減に物を見ているのか。なるほどなー。
 左のグループと右のグループが真中でパンと割れているのが気になったが、両方の代表選手が問題のポイント選手でもあったわけだ。左下の風によるブレの表情も面白い。



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■マミー

着信:2014.10.04
家の近くのコスモスです。

 

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■1.秋の花
◆いい光だ。公園かな、原っぱかな。ピンクの花に逆光気味の気持ちのいい光が当たっている。特に左から2番目の花、透過してくる光を裏から見ているにもかかわらず、表から見ているのかと錯覚する。遠くの犬が花と花の間、絶妙な位置に入った。尻尾のあたりの毛並みが光っているのもいい。犬が全力疾走している所だったら、もっと良かっただろう。


 

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■2.似合いますか
◆花二輪と犬のアップ。犬の長い舌が花と同じ色なのも面白い。だけど光が正直すぎて、1ほどの鮮やかな表情には及ばなかった。花全体に影がなくべたっとしているのがつらいところ。1と2.3とでは光の色が違う。撮影した時間帯が違うのかな。


 

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■3.ドンナンカなあー
◆コスモス畑全体に影がなく、花に立体感がない。あえてこのような緑の中に花を置いたような、切り絵のような雰囲気を狙ったのなら、それはそれで意味はあろうが、そうでなく花の美しさを大事にしようというのなら、もうちょっと光の向き考えるべきだった。


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■HN

着信:2014.10.08
撮影場所:ひるたの田んぼ

 もう来ているだろうかと朝食事前行って見ました。やはりよく見ると20羽ぐらいが来ている様子だが中々近づいては来てくれません。小さな鳥ですのでよほど近くでないとよい写真になりません。一時間ほど頑張って見ました。いつもの小鳥で申し訳ありません。私は小鳥を撮っているときが幸せを感じます。

 

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■1.波紋
◆「いつもの小鳥で申し訳ありません」、何のなんの、HNさんの粘りにはいつも敬服しています。一つのテーマを追い続けることは、大変なことなんです。どうぞ小鳥を追い続けてください。
 でもタシギのくちばしてこんなに長かったかな。写真は何度も見ているはずだけど、今回は特に長く感じる。どうしてだろう。「日本の鳥百科」というHPに、「くちばしの先2cm程は、自由に動かすことができるので、泥中に棲むミミズ類や昆虫類を探しては挟んで持ち上げ、飲み込んでいます」とある。そうかこの長いくちばしをパカパカ動かすわけではないらしい。さき2cmほどを微妙に動かして。そうだろうな、この長さだったら火箸だもんな。
 いつもながらのピントの良さ。黒い目にキャッチライトが見事。



 

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■2.餌探すタシギ
◆なるほどね。エサを探している最中らしいけれども、くちばしは開いていない。ホンマの先だけを動かして。くちばして常識的には堅い構造だと思うのだが、先だけをどうして動かすのだろう。世の中にはわからないことがたくさんある。こんなことが心配になるのもHNさんの写真を見せてもらえるからだ。


 

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■3.水辺で遊ぶタシギ
◆さあ、また心配になってきた。これは歩いているのか泳いでいるのか。泳いでいるとしたら足はどうなっているのか。浮いているのだとしたら、もっと深く沈むのかな。特に向こうの鳥などはほとんど体が沈んでいない。やはり立っているのだろう。こんなくちばしの長い、足も長い体型の鳥は、どういう姿勢で飛ぶのだろう。出来ればそういう写真も見せてほしい。苦し紛れに勝手なことばかり言ってごめんなさい。



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■Chou

着信:2014.10.11

 今晩は、御無沙汰しております。なかなか時間が取れませんでしたが、娘の家から帰りに撮りました。朝の6時過ぎでお天気は良くありませんでした。よろしくお願いします

 

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■1.朝釣り
◆釣り人が明るい湖岸を歩いている。場所はどこだろう。朝6時過ぎにこの輝きとなれば、湖西路。和邇川河口のような気もするがしっかりしたことはわからない。もっとも、この種の写真を読むのに、場所が分かっても分からなくても大して意味は変わらないが。まず第1に、しっかり撮れているなという感じがする。遠くの水平線やエリが画面ギリギリのところで見えるが、これがきっちり撮れている。ただし写真としては、もう少しカメラを上へ向けて、水平線に余裕を持たしてもよかったかとも思う。いずれにしても基本的なことはクリアーできている。

 

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■2.朝の三上山
◆野洲川左岸、川田大橋から近江富士大橋までの間、対岸に開かれた住宅地が見えなくなったあたりか。堤防上の道から少し斜面を下っているように見える。足もとが濡れたのじゃないか。「天気は良くありませんでした」とあるけれど、1も2も、結構いい天気に見える。これも朝の光がススキの穂に当たって、いい状態だ。画面がやや右下がりなのが気になる。対岸の堤防林の線を水平線に惑わされたのではないか。調整見本。堤防の斜面で水平感覚が乱されることがある。要注意。


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■marimari

着信:2014.10.14

大型台風接近前の先週末3日間、山口の萩方面を旅して、投稿写真をと考えつつカメラを構えてみましたが観光写真ばかりで疑問符つきです。

 

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■1.時の遺産
 かなり広範囲に武家屋敷の佇まいがしっかりと残されていて驚き、魅了されましたが、写真となると電線、マンホールのふた等の邪魔ものが入り込み悩まされました。何とか排除の一枚です。
◆萩、津和野というと懐かしい。昭和30年代後半、いまから50年前になる。毎年3月に続けて3回か4回か。赤土の土塀が破れて、夏みかんがたわわに実っていた。こんな石積みの塀など、全く記憶がない。観光地化されて風景も変化しているのだろう。
 写真を見ると、なるほどなと思う。こういう場所へ行っても電線等には悩まされる。その結果絵が窮屈になる。「あれこれ考えるとシャッターが切れなくなる」という言葉をよく聞く。正直な反応で、決しておげさな言葉ではない。私も三上山を撮るとき、まず前景を探す。それをテーマにあれこれひねくり回した時には、どこかに無理がある。ひねくり回したら負けだと思っている。その時はいったん別の写真を狙う。頭が完全に切り替わってからもう一度先ほどのテーマに戻る。その結果うまくいくかとといわれると、ほとんどアウトである。
 今の場合も、通りは見通せた方がいいし、道路も手前まで見えたほうがいい。この塀に対してマンホールがどこに見えるかの問題で、石垣の塀より、奥の白壁の塀のほうが写真になるのではないか。



 

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■2.畳の礼拝堂
 津和野カトリック教会は畳敷きの珍しい教会で、陽を受けたステンドグラスの色が映って面白く感じ撮ってみました。
◆礼拝堂に畳。ステンドグラスの影。なるほど。先日、訪れた鳥取の教会では、若いお母さんが赤ちゃんを抱いてミサに参加できるようにと、やはり畳敷きの部屋が作られていた。畳敷きというのは日本独特の発想だろう。山田興司写真集、「同志社の四季」に礼拝堂内部の木の机に落ちるステンドグラスの影が印象的だったが、今それを思い出した。誰かが座ってくれているといいのだがね。そういえば同志社の写真集にも人はいなかった。礼拝の場へ、カメラがずかずかと入るものではないだろうし。


 

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■3.秋天
 メイン通りのイチョウの黄色が青空と鮮やかなコントラスト。観光客の頭が入らないようにカメラを上向けに構えましたら電線が入りました。入っていない横撮りもありますが高い空の雰囲気が出ないのでこちらにしました。
◆観光客を避けたのか。下が窮屈。1も窮屈だったが、こちらはさらに窮屈。観光客がいたら、堂々と入れたほうがいいのではないか。もっとも私は最近の萩、津和野を知らないから、感覚がずれているかもしれないが。



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