こんな デジカメわいわい村
 

デジカメわいわい村
とれとれ作品集 NO.156
2014年08月・前後半

 


MO HN JIJI

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■MO

着信:2014.08.03

網漁のあと (標津市)
 見たこともない大掛かりな漁の後始末の様子が見えて、思わず車を停めました。漁師のおじさんたちは、快く写真を撮らせてくださったのですが、白い雲と水しぶきの重なり、しぶきがかかるので、おじさんたちはカッパをかぶっていて、ホースの勢いもあって、動きのタイミングが把握できない、等々でした。
 おじさんたちからは、「よう撮ってくれた」との言葉をいただいたものの、めちゃくちゃ恥ずかしい写真になりました。「カッパ着て、おめぇもやるか」との言葉に、乗りかかりそうに・・・でした(笑)。

 

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■1.網漁のあとA
◆現地報告というのか、記録写真というのか。ルポルタージュ、要するに自分が見たことを第三者に伝える。写真の世界では組写真などの手法を使って構成する場合が多い。いわばこの3枚組がそれにあたる。1枚ものの単写真よりは多くの情報を発信することができる。
 いまの状況でいえば、MOさんが発信者、私が第三者ということになる。もちろん私はこの作業に関しては何の予備知識もない。その私がMOさんが言おうとしたことをどこまで読み取れるか。
 一枚目は周囲の状況。漁網といいながら、海岸以外の野っぱらでやっているような。何となく妙な感じ。内容としては何となく何かやっているなというだけ、細かいことは読み取れない。



 

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■2.網漁のあとB
◆1の部分的なアップ。内容的には1と大差がない。左のリールに挟まれている茶色の魚網はわかるが、白い4本の線がもう一つ分からない。水の線かと思うが、それだったら発射ノズルとともに見せたかった。


 

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■3.網漁のあとC
◆これを横長にして見せたら2での疑問は解決する。要するにリールのアップがほしい。これがはっきりわかれば、1の写真の疑問は解決する。3の場合、下に見える人物などは不要。要するにリールのアップ。白い4本の線の正体明かしだけでよい。これがはっきりしたら、1と3だけで作業の大方は説明できる。あとの1枚はどうするか。中心的人物の大写しかな。





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■HN

着信:2014.08.07
撮影場所:草津烏丸半島の蓮群生地

 蓮の群生地の景色を撮りたいと朝は少し早い目に出かけました。でも到着は9時前でした。道路側からの方が順光なので湖岸道路側からの撮影をしました。毎年行われている気球の試乗会が催されているようでした。時間が9時までだったと、急いでの気球の撮影でした。
 あちこちに鷺が餌取りをしていましたので、これを狙いました。3の写真の様に見つけると羽を使って追いかけて捕るようです。

 

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■1.犬も気球の仲間入り
◆犬が木陰で遊んでいる。このくそ暑いのに胴巻きをつけられて犬も大変だ。誰かが連れてきたのをスナップ的に撮ったのだろうが、犬に対して遠慮がち。もっと近づいて犬をアップすると面白い写真になっただろう。要するに犬が主役。画面の半分ぐらいをこれに使う、向こうに風車があって気球が上がっているという構図。今のままだと主役が不在の写真になっている。。

 

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■2.向こう岸の人たち
◆対岸の人物を狙ったということは何となくわかる。手前のハスは前ボケだし、ピントが来ている蓮は主役には貼りにくいし、その向こうというと字だけ。だとすると狙ったのは人物しかない、という引き算の論法。しかし、顔もわからない遠いところにいる人物をなぜ狙わなければならなかったのか。これがちょっと若いりにくい。何となく人物が気になったので…程度では写真になりにくい。

 

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■3.獲物を追いかける白鷲
◆蓮畑の中のシラサギ、羽を伸ばして獲物を追いかけているところだという。1.2に比べると、これは目的がはっきりしている。池を挟んでの撮影だから望遠になる。目的物は鳥。その鳥が羽を伸ばして獲物を狙っているのだから、これ以上の明確な設定はない。出来れば左前から狙いたかったところだが、こればかりは相手があることだし。人間というやつは贅沢なもので、こういう写真を見ると獲物をゲットした瞬間を見たくなる。



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■JIJI

着信:2014.08.09

 

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■1.黎明琵琶湖A
 朝の訪れる直前の姿です。爽やかで荘厳な自然を感じます。
◆「爽やかで荘厳」、わかるわかる。大体夏の日の出というのは、およそ爽やかさもなければ、荘厳さもない。ここから昇るという位置も定まらず、今だというタイミングも明確でない。ちょっと気を許して横を向いている間に、なんや昇っていたのという塩梅。それにくらべるとこの作品はコントラストが強く、夏の写真というよりは冬のイメージが強い。確かに爽やかで荘厳だ。
 琵琶湖の上空が雲に覆われ、わずかに東の方だけが抜けている。冬場、そういう風景によく出くわす。おそらくこの写真は夏でありながら、気圧配置としては冬に似た形になったのを狙ったものだろう。これはまさに冬の風景だ。と、ここまで来て、どんでん返しはつらいのだけど、おしいかなこの擬似冬場の風景には、対岸の稜線を隠す低い雲が邪魔をしている。もし、この低い雲がなかったら、消え残った対岸の明かりとともに、本当の意味で、爽やかで荘厳な琵琶湖の朝になっていただろう。
 参考までに、私が昔撮った類似の写真。太陽が昇って雲の上に上がってしまってからのものだけど。トリミングする前は、上にも下にも暗い部分がひろがっていた。それを探したのだが、なんせフィルム時代のもので…。




 

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■2.黎明琵琶湖B
 富士が池に影を映し、ゆったりと目覚めの刻を迎えます。
◆1と同じ日の撮影かと思われるが、きっちりしたことはわからない。こちらの方は雲と重なりながらも、山の稜線だけはきっちり描写されている。夜の名残の明かりが点々と残っている。対岸、三上山山麓にいたる野洲川扇状地の状況が多少なりとも描写され、雲が頂上から離れていたら(頂上が茜色の中にあったら)いい写真になっていただろう。



 

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■3.天空に泳ぐ
 「えり」が青空と雲に抱かれて天空を往きます。骨だけですが・・・
◆エリの矢印型のイメージが、まさに「行く」にふさわしい。それも飛行機や新幹線ではなく、遊園地の子供用の汽車ポッポ。そう、今はやりの箱館山ユリ園の天空トレイン?といったかな。宮沢賢治風ですな。
 位置関係がわからないので可能かどうかわからないが、エリの竿に斜めからの光が当たれば、さらにイメージが強くなるのではないか。





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