HN・HND・TNK・館長・S.T・JIJITKS・marimari・森川・MO・MRT・ |
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■HN
着信:2012.08.15
例年のように白鳥を愛する会のメンバーの人たちが白鳥の写真展を実施致します。これを見に行き、ハスの花でも撮ってこようと8月7日に水の森行きをしました。大勢の人がバスで来ていました。午後だったのでハスの花もしっかりとはしていなかったです。そとの内湖のハスの花はまだ少し早すぎるのか花が少なくて葉っぱが多いでした。その中で撮った写真です。
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■1.まだ少し早いハスの花
◆広大なハス池(実際には池ではないけれど)。ここへ行けば誰でも狙う風景である。いわゆる大景観。これをまとめるには前景、中景、遠景を如何にまとめるかだといわれる。
ということだが、中景から向こうは、まあ誰が撮ってもほとんど同じに写る。三上山、白い建物(成人病センター?)、ポプラ等の組み合わせが多少動く程度。
といちばん大きく変わるのが前景。これは1m動くと状況が変わる。(場合によっては50cm、極端な場合、花なんかがあれば10cmでも変わる)。いまの場合、いちばん手前の垣根の草がこれに当たる。が、正直言ってこれがいちばん弱い。大景観は前景を旨とすべし。
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■2.夏鳥
◆これは何という鳥かな。それは別の問題として、写真としては、右半分の処理だろう。何か暗いものがあるらしいが、ちょっと事情が分からない。鳥が左を向いておれば、右半分カットで逃げる手もあるが、いまの状態ではそれも出来ないし。苦労したところか。バックのボケなどはうまくいっているのに。苦しかった。
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■3.蕾に止まる珍トンボ
◆最初見たとき、意味が分からなかった。どこにしっぽがあるのか。一生懸命目を凝らしたけれど分からなかった。
題を見て、「珍トンボ」とある。意味は分かったけれど、まだ納得がいかない。これでどうして飛ぶことが出来るのか、いや、生きていることが出来るのか。
もう少し上から狙えて、しっぽがないことが一目で納得できる構図だったら、強い写真になっただろう。とっさのフレーミングだから、それをとやかくいうことは無理な話、それを承知でいうのだが、もう少し下が入ってもよかったか。
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■HND
着信:2012.08.15
■高山の帰りに立ち寄った「宇津江四十八滝」「飛騨古川」そして「白川郷」での写真です。 | |
■1.隠れた名瀑
高山郊外にある「宇津江四十八滝」、想像以上に立派なもので四十八滝の名前の通り大小多くの滝があり、隠れた名瀑と呼べると思います。
◆高山周辺は結構知っているつもりだったけど、この滝の名は知らなかった。検索してみたら、市街地の北西部。あまリ縁のないところだった。GoogleMap
写真としては、流れてくる滝を真正面から狙った。それ自体は何も問題ではないが、画面のど真ん中にドカーンと多きな岩が鎮座することになった。これがでかかった。現場では気がつかないことかも知れないし、ひょっとしたら逆にこれを中心に狙ったのかも知れない。玉虫色の目玉のような岩も見える。いずれにしても、結果的にこれがとにかく大きすぎた。
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■2.水路に遊ぶ
飛騨古川には綺麗な鯉が泳ぐ水路がたくさんあり、多くの人が餌をやったりして楽しんでいますが、その人たちを後ろから撮ってみました。
◆「多くの人が餌をやったりして」とコメントがあるがその動きがどこにもない。何で後から狙ったのか。その必然性が感じられない。向こうの橋の上でカメラを構えている人がいる。やっぱりそちらのアングルだろう。HNDさん、柄に似合わず遠慮したのか。
光のかげんで水面が光ったのもしんどかった。この光がなければ、水中のコイの姿が見えるのだろうが。
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■3.雨の白川郷
生憎の雨で苦労しましたが、モヤのかかった周囲の山と、傘をさして見物する人を背景に撮ってみました。
◆雨の白川郷。せっかく行ったのにあいにくの雨で。しかし、考え方によっては、雨こそが白川郷の魅力。真上から夏の光がカンカン照り下ろすよりはよほど写真になる。現にバックの杉林など文句なし。あとは構図の問題だけだけど、まず第1に下が窮屈だったこと。2番目に主役の合掌造りが横に長かったこと。3番目に空の白飛びがしんどかったこと。以上、まとめて整理したらどうだろう。トリミング見本。下が窮屈なのはトリミングでは無理だけど。
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■TNK
着信:2012.08.15
■時期的に遅かったので、却って面白いものが撮れたのではないかと思っています。 | |
■1.お化けひまわり
もう少し、花があるかと思って出かけたのですが、残念でした。小さな子供が、お化けお化けと楽しんでいるのを見て、なるほどと納得して撮ってみました。
◆よくあるヒマワリ坊やをどーんとアップした。どちらかへ寄せるなり、少し斜めから撮るなりの方法はあると思うが、しかし、これはこれで一つの手であることは間違いない。問題は空の白抜けと光。要するに天気の問題だけど、曇りの日に行けば必ずこうなる。どのような状態の時に行くかで勝負が決まる。というより、一回下見をして、花の向き、太陽の位置、その他周囲の状況等、それを見極めることがだいじ。それさえ出来ておれば写真は勝手に撮れる。
ちなみに、ヒマワリは朝日が昇る方向を向いて咲いている。ヒマワリは太陽の方を向いて首を振るというのはウソ。それさえ分かっておれば、何時ごろ、花には、どの方向から光が当たるかは読める。
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■2.お化けの集まり
◆なるほどお化け。子供の感覚は案外正しいのかも知れない。いわゆる群像もの。主役を左に置いた。これはこれでとやかくいうことではない。やはりあとは光。これがしっかりしておれば、いろいろなバリエーションが出てくるだろう。
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■3.色薄き華
近江妙蓮で花の色は今一つさえませんでしたが、かさをさしているようにみました。
◆葉を透過してくる光をうまく使って、浄土もかくあるかという絵を作った。
問題はつぼみの位置だろう。左右のまん中においた。これは既定の事実ともいえる必然性。問題は上下。葉脈が集約されるところがポイントになる。それを垂直2等分線上のどこへ持っていくか、これが勝負。写真コンテストなどでは、数mmのトリミングが勝敗を分けるといわれる。おそらくこれもその範疇にはいる。どうだろう。皆さんの感覚では。ぼくは、あと少し下げたい。何mm?といわれてもディスプレー上では何ともいえないが。
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■1.登ろうかな
桜並木の奥深さを狙っていたのですが、途中の階段が邪魔になりました。そこへ猫が来て、木の上の様子を覗っていたので、急遽主役を変更しました。でも、主役にすするには少し小さすぎたような気がします。
◆「桜並木の奥深さ」ということだが、このアングルではまず基本的に無理だろう。これだと、堤防の奥深さということになる。「途中の階段」の手すりだと思うが、この絵では、邪魔になるよりも、どこにあるかが分からない。だからここまで遠いものは意識しても意味はない。ということで、ネコも基本的には大して意味を持たない。第一、コメントを読むまで鳥だと思っていた。これは色々考えすぎ。と同時に、堤防横の並木の難しさ。同じケースとして笠原の桜がある。
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■2.夜明け前静寂
数時間後には、炎天、猛暑になるのに、僅かな時間の差で、涼しくて穏やかな景色が不思議な雰囲気です。
◆中天に、とまでは行かないが、上空にかかる細い月。これを見るのは早起きの特権。すぐに消えてしまう。
左の写真で、この月が見えるだろうか。何かあるらしいとまでは分かる。画面を拡大すると見える。ということで、月そのものを大きく撮りたい。これはレンズを長くする以外にない。ところがレンズを長くすると下の町並みは入ってこない。月がもっと下にあるときに撮ればいいのだが、そのときはまだ暗い。さあ、どこで手を打つか。ISOアップ。望遠レンズが伸びなかったらトリミング。色々手はある。が、その実験は1ヶ月後しかチャンスはない。朝夕あわしても年24回。朝だけなら12回。その日がすべて天気であったとしての話。実際には年何回あるか。
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■3.樹上の宝石
桜の枝に無数の蜘蛛の巣があります。その中でひときわ輝く蜘蛛の巣を撮りました。撮影条件としては、葉が最盛期で繁茂しているので雑然さは否めず、写真としては絵になりにくいと思います。それと、上の白抜けはカットすべきだと思いますが、カメラの位置、角度を変えると折角の反射がなくなってしまいますので今後の課題です。朝陽を受けて光る蜘蛛の巣の美しさは何とか絵にしたい題材ですので暫く追い続けようと思っています。
◆光るクモの巣。これは口でいうほど簡単ではない。館長さんがいうように、バックを整理すると糸は光らず、光るところはバックが・・・ということ。この2次方程式が解けたときに、スパっと「明解」が出る。解こうと思って解けるものでもなし、本当の出会いだろう。細い月よりも難しいかも知れない。月は少なくとも理屈の世界である。これは式自体が成り立たない世界。
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■1.不夜城A 霞コンビナート
(対岸より)
煙や蒸気を流すには? 初めての試みで露出時間長くに挑戦しました。結果はNO2と同じですが大気と煙、蒸気等の温度差少なく鮮明なボケが入りませんでした、冬に再挑戦を考えます。f/16
S:25
400
◆光源は1年中一定だろうから、あとは空気の状態、風の強弱などで多少の変化が現れる。
S.Tさんの狙いとしては、煙をもっとはっきり出したいということだろう。風が弱く煙の流れが緩かったら、煙は明るく写るだろう。(と、思うのだが、素人の推測故、やってみなければ分からないが)。下の2はその部分をアップした。風の状況が変わったと見えて、2では斜め上へ動いている。
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■2.不夜城B 霞コンビナート(対岸より)
港内ランチの航跡あり 移動距離10秒間
。f/16 S:10
400
◆1の続き。風の状況が変わったと見えて、2では斜め上へ動いている。シャッターが2.5秒から10秒に延びた。随分伸びたように感じるかも知れないが、絞りでいうと2段開けたことになる。(2倍で5秒、2倍で10秒)。不思議なことに構内の灯りは思うほど変化していない。多分、1の状況で込んでいるのだろう。2段開けたが、飛ぶのは同じ。大きく伸ばしてみると多少はは違いがあるのだろうが。何回か繰り返しているうちに、いろんなことが分かってくるだろう。
ランチの光跡は、水面の反射光との兼ね合いもあって、これまた強敵。たとえば、風が強くて波が荒いと、反射光がなくなる(たとえば、琵琶湖の花火などは風が強いと湖面で反射しない。・・・HNさんからの情報)。そういうときはランチもゆれるからおもしろい。不定期船だろうから、思うときに思うようにはいかないだろうが。
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■3.光る軌道 塩浜街道 昭石の引込線
引込線貨車優先になり長い待ち時間もあり 。
◆現場の状況が分からないが、線路上にカメラを立てているらしい。白いライトがついているところがポイントだが、そこから伸びてくるレールの光が生きている。このままワイドで行くとすれば、カメラをもう少し下げたらどうなるだろう。手前の枕木や道床の砂利の反射等が生きてこないだろうか。水をまく手もあるが、不審人物に間違われるかも知れないから、くれぐれも・・・。
灯りの下でレールが右カーブしているように見える。そこまで生かそうとしたら望遠だが、バックできる余地があるかどうか。長くなったが故のブレにも注意が必要になるし。
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■JIJITKS
着信:2012.08.19
■“・・・似合わず・・・ロマンチスト・・・”と評されると、写真本体での説得力不足を言葉で補うことに少々気後れします。今回も最小限に・・・。。 | |
■1.秋の気配:(柳が崎)
か弱き命の終焉近し。
◆か弱き命を歌ったロマンチストJIJIさんのPHOTOポエム、これで決まりや・・・、と、行きたかったところなのに残念。
まいったなー、これ、どないしょう。まん中の太い茎か葉っぱか。完全に画面を左右に分轄した。解決策として、1つは無難なトリミング。ちょっと右側をカットしておく。もう1つは、ちょっと荒治療。縦でどうだろう。
ただし、トリミングはあくまで急場しのぎの救済策で、一件落着というわけではない。本来ならばこう狙ってはどうだろうという見本だからお間違いなく。
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■2.光の中の静寂:(函館)
眩いばかりの夜景の傍らにひっそりと。
◆タイトルは「静寂」だけでいいのじゃないか、と思ってコメントを読むと、「眩いばかりの夜景の傍らに・・・」とある。ということは周囲がまばゆいばかりの明かるさで、その中にこの尖塔が・・・という設定だったということ。ここのところが、写真の難しいところ。撮影者と見る側との前提条件が違う。解説コメントがないと、タイトルを見た側は理解に苦しむ。多少なりとも周囲の明るさが画面にあるとまた話が変わってくるのだけど。
まあ、そんなことで、写真としても尖塔がぽつんとあるだけで、極端なことをいうと花が一輪ぽつんとあるのと同じ条件になる。ライトに照らされた雰囲気は分かるが、話がそこで止まってしまう。もう少し周囲の状況が見えると話は広がるが。
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■3.幻想沖島:(和邇)
フトした弾みで・・・。
◆人生フトした弾みで大金を稼ぐヤツもおれば、逆に、私のようにすってんてんになるヤツもいる。JIJIさんはふとした弾みで大傑作を・・・。これは凄いぞ。ただし・・・、沖島の線が画面を2分轄していなかったら。今回のJIJIさんは2分轄に泣いた。
ふとした弾みで、和邇の高台で夜遊び。ふと見たら、月の光がスゴイ。早速カメラをというところだろう。夜遊びにまでカメラ持参とは、これまたスゴイ執念。・・・と考えて、ふと気になった。和邇の高台で夜遊びするヤツおるかな・・・と(ごめん、「人」や「方」では迫力が出ないので)。とくに沖島と並ぶまん中の明線などは月の光としてはちょっと凄すぎる。昼日中、ホワイトバランスを変えて、極端にアンダーに撮ってもこの絵は出来る。これはひょっとしたら、一杯食わされたかもしれん。まあ、それはどちらでもエエ。JIJIさんもどちらでも対処できるように「幻想沖島」。なるほど。「今回も最小限に・・・」は、その予防線やったんや。・・・と推測したが、結論は霧の中。みんなの勉強のために、企業秘密でなければタネ明かしをしてほしい。
それよりも、問題はこの絵。とくにまん中の明るい線が画面を2分轄した。それをどう避けるか。いくつかサンプルを考えてみた。
●トリミング1、これはあくまでカメラのフォーマット2:3にこだわった。結果、沖島がドターと横に長くなる。絵が単純になりすぎたし、沖島そのものをもてあまし気味になる。
●トリミング2、下の木のシルエットも捨てがたいから、縦横比を無視して木まで入れた。結果手前の湖面の光も生きてきた。いわゆる昔の印画紙の縦横比に近いが、上が窮屈になった。
●トリミング3、原本の縦長に敬意を表した。が、原本は沖島が横に長い。これにこだわると絵が作れない。沖島をちょん切った。僕はこれかなと思っている。この写真の最大のポイントは沖島の右端、光の線が細かく交錯するところだから。
「企業秘密でなければタネ明かしをしてほしい」とリクエストをしておいたら、UP後、JIJITKSさんから、つぎのような「釈明の記」が送られてきた。別に釈明されることは何もないわけで、写真の面白さを教えられた思い。JIJIさんの了解を得て、全文UPさせていただいた。ありきたりのものをカメラがいうままに撮っていたのではただの写真にしかならないということ。写真は挑戦。
釈明の記
“炯眼にして慧眼、将に恐るべし”というところです。
8月16日早朝、坂本城址沖の写真を撮って、和邇のほうに赴き、以前より気になっていた陸橋を探して山中に分け入りました。そのポイントで、普通に撮ったら何の変哲もないsampleの写真になりました。
<撮影時間6時28分・ISO100・ホワイトバランス自動・絞り6.38・シャッターS 1/500>。
あちこち触って、結果的にA沖島は下記の条件で撮りました。
<同時刻・ISO200・ホワイトバランスマニュアル・絞り8.38・シャッターS 1/2000>
帰宅後、PCで若干補正をしましたが、上記のようなデータです。ホワイトバランスをどの様に操作したのかは記憶にございません。つまり、無我夢中で撮ったということです。
ところが友人に見せたら、「すごい!!こんな月夜の景色はドウシテ撮った?」。返答に窮して、“軍の機密”と嘯いて、・・・ニヤリ。
彼は自分のPCのバックに使用したいと云うほどまで気に入ってくれました。決して、敬愛する我が師匠を騙そうと思ったわけでは無く、“素晴らしい月夜・・・”に自惚れ、わいわい村に提出したくて、ご指摘の通り冒頭に2つの“言い訳・予防線”を先行させたということです。参りました。
●蛇足を一つ。人間、太陽は明るいという先入観がある。その明るい太陽もむちゃくちゃアンダーに撮れば夜に見えるという話。今はどうか知らないが、昔の映画の夜景は全部この手だった。ただ暗くなるだけではおもしろくないから「月がとっても青いから・・・」と行こうというわけ。昔のカメラはホワイトバランスを変えるなんて芸当は考えられない(ホワイトバランスはフィルムに固有)から青のフィルターをつけた。太陽を青フィルターで撮った例。あくまで昼間ということで撮ったから、とくにアンダーにはしていないが、これをアンダーにすると夜になる。太陽を月に化けさすのは難しい。
参考までに完全な月夜の写真を。
リバーサルフィルム(デイライトタイプ・ASA100)・フィルターナシ。露出F4.5 1分〜4分。月を画面ギリギリにおいてゴーストを出した。月を入れると動く。画面上に星が移動しているのが見える。当然月も同じだけ動く。ちょっと具合が悪いので隠した。
*1分〜4分というシャッタースピードが、エエかげんやなと思われるかも知れないが、1分の2倍で2分。これでプラス1の補正。2分の2倍で4分。これでさらにプラス1の補正。仮に狙った時間を2分としたら、プラス1〜マイナス1の補正をしておいて、その中のどれかいいのを採るという話。 |
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■marimari
着信:2011.12.19
■今年の花火大会撮影ですが、ちょっと勘違いが生じて望遠レンズを付けてしまい、W側でもモニターから花火がはみ出す場面があり大慌てでした。
最初思いがけず「街の夜空を覆う花火のダイナミックさ」は出たように思ったのですが、投稿にあたって何度も写真を見ていると、次々欠点が目についてとても選択に迷いました。 | |
■1.夜空に咲くA
リモコンシャッターを押すタイミングが少し早ければ光の先端にシャープさが出たでしょうか?
空の黒さを出すために編集で露出調整しました。
◆「光の先端にシャープさ」が、何を意味するのかよく分からないが、これはこれでいいのだろう。肝心の明るい花火が左へ寄ってしまった。カメラがもうちょっと左へ振れていたら、一応の作品にはなっていただろう。
花火の明るさより、町の明るさの方が暗く、そこの所の調節の難しさ。絞りを一定としたら、時間を長くすると街の灯りは明るくなる。花火の明るさは変わらず、長くなった分、花火の数が増える(花火が一定間隔で上がっているとして)。下手すると花火が重なって白飛びする。
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■2.夜空に咲くB
こちらは何とか上手く撮れたのではと思いますが1に比べるとインパクトが弱く感じます。
◆大小2つ、紅白で・・・。絵としては穏やかな、いかにも花火という感じが出た。街の灯りがもう少し明るかったらなー。
レンズが長いほど花火は大きく写るわけで、当然花火の光一つ一つも明るく太くなるはず。それにあわすと町の光が弱くなるということだろう。結局、花火というヤツは、これとこれというようにつまみ食いは出来ないわけで、シャッターが開いている間にどれとどれが写っているかも分からない。出たとこ勝負で数多く撮ることになるのだろう。
レンズの長さは、その場に立ってみなければわからない。また、これでなければならないというものもないわけだし、むしろ色々変えてみて、気軽に遊べばいいのだろう。たとえばこの1,2なら、もうちょっと広く、湖面まで見たかったという気持ちは残る。
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■3.湖上に舞う
フィナーレ近く湖も入れての華やかな一枚です。
◆上2つは、「ワー、きれい」だけど、これは右往左往のドンパチ花火。舞いは舞いでもハチャトリアンの「剣の舞」。こういうときに望遠効果を生かして、花火の中に肉迫したらどうだろう。地の利を生かして(打ち上げ場を俯瞰できる人間なんて一握りもいないのだから)、少々のカメラブレなど気にせず。むしろカメラを振り回すぐらいで。昔のフィルム時代には、金に糸目をつけないご隠居しかできなかった道楽。ほとんど駄目だろうけれど、ひょっとしてその中から珠玉の作品が転げ落ちてくるかも知れない。あとで、データの整理が大変だけど。とにかく、花火というヤツは、普通に撮っていたのでは、誰が撮っても同じに写る。やけくそで挑戦したところに勝利が回ってくる。
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■森川邦昭
着信:2012.08.21
撮影場所: 野洲市内
■この場所は自転車で走るコースです。その場でいつも見ている夕日をテーマにしました。 | |
■1.夕暮方A
この一枚は過日、教室に提出した作品でトンネルの一部に陽光が当たる時間帯での撮り直しです。人物、動物など何かを添えようとその場に待機しました。
◆人物が来るのを待っていたとか。いやはや大変でした。ところで、森川さんが現場で感じたイメージと、できあがった写真との間にかなりの差があるのではないか。その最たるものがトンネル内外の明るさの差。人間の目は適当にごまかしてものを見ているから、外はもう少し暗く、トンネル内は明るく感じている。だから内部の壁などもっときっちり見えていたのではないか。
取り直しということで出会い頭撮影ではないらしいが、これはかなり綿密な事前の計算が必要だろう。
まず第1に外の風景。トンネルの向こうの風景だからあれこれいえないと考えるかも知れないが、そうではない。逆U字の枠の大きさを一定として、ワイドで出口に近づいて撮るのと、望遠で離れて撮るのとでは枠内の風景は変わるはず。
つぎに、外の風景とトンネル内の壁の明るさの関係。この差が大きいと、外は飛んでしまい中はつぶれてしまうことになる。夕暮れ近く太陽が西に沈む直前、名残の光が直接トンネル内に差し込むような時間帯はないだろうか(山勘だけど、夏至前後の日没時、トンネル内に光が入り込むような気がするが)。いずれにしてもその光を調節して、両者の明るさの比がぴしゃりと決まったとき作品になる。
最後に、画面全体に対する出口の大きさ。これはこうでなければならないというものはない。トンネル内がどのように描写されたかで決まる。たとえば鉄道のトンネルなどはレールが光るから、それを含めた構図となる。差し込む光の状態等を含めた判断となる。今の場合は内部の光の範囲が狭いから、もう少し周囲をカットした方がいいかも知れない。トリミング見本。
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■2.夕暮方B
夕日らしい色、やや伸びる影、奥行感を出すため背景を少し入れました。
◆夕日らしい「色」だとすると、この時間帯は避けられない。出来た写真でしんどいなと思うのは、石垣の表面の凹凸が全く生きてこないこと。これにうんと斜めから光が当たると、石の面の影が生きてくるのだが。そういう光があるのかないのか。あったとしても、多分その時間帯では「色」は赤くはないだろう。そこらのところをどう考えるか。下の影はない方がいいような気がする。
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■3.夕暮方C
ゴースト、これが生かせることは及びもつかない事でしたが写真を習っての挑戦です。
◆ゴーストにこだわったらしい。右下に三日月状のものが出来たりして、一応の目的は果たした。
しかし、太陽自体が強すぎて、手前の風物が黒くつぶれた。ある程度は仕方がない話だが、その場合は、つぶれても全体としては絵になる状況が必要になる。
今の場合だと、太陽を左の竹薮?に隠して光を弱める。ファインダーを覗きながら、太陽を出し入れしてシャッターを切る。但し、上の写真は、画面の大部分が明暗に分轄されて絵になりにくい。シルエットとしての絵になる材料を探すことが先決問題。
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■1.涼を求めて:(自宅近く)
陽射しが強い中を歩いていると、急がしそうにチョロチョロと動き廻っている小鳥の動きが日影ばかり求めて歩いているように感じ、付かず離れずで追いかけて、やっと撮れました。
◆じっとしてないわねー、セキレイは。「日影ばかり求めて歩いているように」、ビデオだとそれが表現できるのだが、悲しいかなスチル写真ではそれが分からない。シャッターを切った瞬間が勝負になる。セキレイくんには悪いが、日向へ出てもらわないと、このままではよほどしっかり見ないとどこにいるのか分からない。せっかく汗かいたけど、残念だった。
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■2.乾いた大地:(かわにしの丘)
北海道を訪れた時の一枚です。富良野の花畑とは一転して野菜畑が中心の大地。土の色からふと開拓の苦労を想い撮って見ました。「大地」は表現できたかなぁ〜。
◆トラクターも重機もなかったころ、この広い大地をどうして拓いたのだろう。
さて、その大地。MOさんはここに立ったとき、まぶしさは感じなかっただろうか。緯度が高いから、関西地方とは多少差があるかも知れないが、たとえば夏の真っ昼間砂浜に立ったり、グランドを前にしたときに、私はまずまぶしさを感じる。この場合、土の色が赤みがかっているから、さほどではないのかも知れないが。とはいえ、この土の色から、「乾いた」が感じられない。むしろ、極端なことをいえば湿っているようにも見える。
写真のトーンカーブを見るとカーブのピークがほとんど中央に集まっている。これはこの写真のようにほとんど同じ明るさのものが画面一面に広がるとき、明るさの如何を問わず(全体が暗い画面でも)カメラは画面全体をちょうどまん中の明るさになるよう露出(Mモード以外では)を決定する。おそらくこのときも、この露出原理が働いたはず。まぶしい砂浜もグランドも、それだけを画面に入れたら(暗い部分が極端に少なかったら)、それは多分これと同じ明るさに写るはず。
この写真の場合、空の明るさと土の明るさがほぼ同じである。だからいえることは、土はもっと明るく感じるはず。ましてや「乾いた」大地を表現するには、まず明るさが必要。ということで多少刺激的に、土が飛ぶ一歩手前まで明るく調節した。やりすぎかも知れないが、「乾いた」を表現する一つの手段として・・・。
結果、太陽が背中にあることを再認識することになるが、これはむしろ「乾いた」を表現する一手段であったともいえる。たとえば、実った田圃などで、太陽を背にして(いわゆる順光で)撮ると、風景は乾いて感じられる。逆光ないしは半逆光では風景はしっとりする。
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■3.自由研究:
(水の森周辺)
夏休みも終盤。何をしているのかと尋ねてみると、プランクトンの調査をしているとのことでした。
手前のコンクリートが不要で足元が見えていたら・背景もゴチャゴチャ・・・と気にになりましたが、手に持っている道具が珍しくて撮りました。
◆いまのプランクトンネットは、こんなに小さいのか。あの敗戦の翌年、中学1年生のとき、採取してきたプランクトンを顕微鏡で見て感激した。そのときのネットは直径30cmはあった。遠心分離器を手でぐるぐる回して・・・。今は当然電動だろう。
手前のコンクリートを気にしてるが、そうむちゃくちゃ邪魔になるものでもなし、これは一段低い場所の表現になるのではないか。それよりも、出来れば何とかして水面と、ネットからしたたる雫を入れたかった。無理かなー。
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■1.架け橋の虹:(富田林)
ゲリラ雨の多い近頃、8月1日に降ったゲリラ雨の後に出来た虹に、この後降らないことに願い乗せシャッターを押しました。
◆普通は「虹の架け橋」だけど、それをひっくり返した。何か意味があるのかと考えてみたが、よくは分からない。まあ要するに虹を撮ったということだろう。虹の写真はありそうで意外と少ない。いつかマミーちゃんが撮ってたことを思いだして探してみた。
マミーちゃんの作品の見たときには気にならなかったが、2つ並べてみて気がついた。共通点がある。両者、画面の明るさがよく似ている。どちらも何となく暗い。誰が撮っても画面の半分以上は空。オートで撮ると想像以上に暗く写ってしまうようだ。
雨上がりで、むちゃくちゃ明るいということはないだろうが、もう少しい明るいはず。ということで調整してみた。調整見本。山の稜線がはっきりし、高圧線鉄塔が輝き雨上がりの雰囲気が出てくる(ちょっと傾いているのが気にはなるが)。ついでにマミーちゃんの虹の調整結果。どちらも虹の外側の空が暗くなるのが分かる。はっきりした虹では必ず外側が暗く見える(肉眼でもはっきり分かる)。理由は・・勉強不足で申し訳ない。
両者とも、撮影時に+1.5ぐらいの補正をしておくといいようだ。上の調整は、2枚とも効果を狙いすぎて、ちょっとやりすぎたかも知れない。調整は一歩手前で止めるのがいちばんいい。
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■2.光華:(水の森)
7月30日、水の森に行った時、朝陽を受けて美しく光っていた時があったので、また光るのを待って撮りました。
◆多分クロスフィルターをかけたのだろう。十文字の光芒がきれいに出ている。さて皆さん、この光芒は幾つ見えるだろうか。答えは、大きいのが1つ、小さいのが3つ、あと4つ目があるようなないような。
このような光芒は、見えればエエというものではないが、せっかく見せようとしているのだから、見えなくていいというものでもない。そのさじ加減が曰く言い難いところ。今の場合は画面全体が騒がしくて、せっかくの光芒を生かし切れなかった。
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■3.蜘蛛の創造:(水の森)
一緒に行った奥様が蜘蛛の糸に七色の光が見えたよ・・と、声をかけられ、蜘蛛が自分の家に模様造りをしているように見え、七色になるのを待ちました。
◆今回、館長さんが同じクモの巣をテーマにしている。そこでも述べたが、クモの糸を光らすには、微妙な光の角度調整が必要。それでカメラの位置・向きが決まってしまい、バックの調整はなりゆき任せということになる。いわゆる2次方程式。それを考えると、この作品のバックはうまくいった。しかし、全体としてみれば、クモの巣よりも周囲の方がはるかに強い。クモの巣を見せるためにはもう少しはっきりした光がほしいが、それが強くなると周囲がさらに威張り出す。そこのところが悩み。2次方程式の難しさ。
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