デジカメわいわい村
とれとれ作品集 NO.57

2010年06月・後半

も ど る
  

今回の
BEST

森川 HN SS MED S.T

■「前回のBEST5」


S.T森川JIJITKSHNMEGWSSMEDm.mMRTmarimari

も ど る
■S.T



■着信:2010.06.14
■場所 山口県長門市湯谷町
■目的 棚田百選 東後畑棚田は夕景と漁火が狙い?と。夕景が売りの下関つくの温泉。今日は「雨のち曇り」。今年はイカもまだ来ないので残念でした。   ■1.雨の東後畑棚田
 耕作者不足か?まだ水が張ってない田んぼ有り心配です。
◆すべてが曲線でつながれた田圃。整備された田圃だと電柱も農道に沿って一直線に張られるのだが、ここではあぜ道の適当なところに可愛らしい電柱を立ててあり、写真に写っても気にならない。
 棚田の写真の難しさは、勾配感の表現だと思う。肉眼で見たときは上から下まで、高低差が感じられるが、写真にするとそれが消えてしまう。上り坂が下り坂に見える写真の難しさだ。下から見上げたのでは水面が写らないし。水面を写そうとすると、田の高低差が写らないし。この写真では中央左寄りに高低差が見える部分があってまだ助かるが。
 高島市鵜川に石垣づくりの見事な棚田がある。城壁を思わす見事なものだが、上から写すとその城壁が写らない。
■2.足跡
 小型田植機か?人手による田植か?考えさせられる足跡。
◆この写真がメールのトップに入っていた。説明を読まずに写真だけ見て、他の写真とのつながりが理解できなかった。上のコメントを読んでやっと意味が分かった。ここらが写真の微妙なところ。
■3.夕景
 諦めていましたが気の毒にと思ったのか太陽が申し訳に出ましたので夕食途中に飛び出しました。
◆人間誰しも朝夕の太陽には心を奪われる。撮った本人は、夕食半ばで飛び出しているのだが、見た人にはそれが分からない。ああ。夕陽ですかというだけで終わってします。私も嫌というほどそんな写真を撮ってきた。






も ど る
■森川邦昭



■着信:2010.06.15
■撮影場所: 自宅の庭
 2・3は植木の中にあり明るい木陰です。ピントを主眼にして構図をつくりました。(ピント合わせの練習です)。マニュアルで、かつ三脚を使いました。 レリーズ、リモコンは使用しておりません。標準レンズです。
■1.つぼみ輝く
 つぼみにある毛氈を狙いました。風で茎が揺れるので静まるの待ち何枚も撮りました。
◆接写のピント合わせは難しい。つぼみの実際の大きさが分からないが、産毛あたりから見て、かなり小さいものだろう。左の2つには、きっちり来ているようだが、先の方のものはやや怪しい。もう少し絞ればどうなっただろう。撮影時どこまで確認できるのか、経験がないのでよく分からないが。
■2.清楚に
 一番手前の花にピントを持ってきました。
◆いい写真だ。1に比べると、大きさが違うから、撮る立場からするとこちらの方が楽だろう。ポイントになる花にうまい光が来た。ピントもOK。おたがい3つの花のどれからがもう少し離れて、リズム感を作っていたら、もっとバランスがよくなったのだが。それと細かいことだが、主役の花の背後に重なっている花がなかったらもっとすかっとしただろう。
■3.賑やかに
 中間の花にピントを合わせました。 
◆ピント合わせの練習としては文句なし。狙った花に来ているのだろう。しかし、写真としては、題にあるようにやかましすぎた。一見して、どの花に来ているのかすぐに読みとれない。 






も ど る
■JIJITKS



■着信:2010.06.16
■1.休息二題1
 山歩きで疲れた足を山合いの泉に浸して休息する主の横で登山靴も景色を堪能している。 <この写真を見せた友人の感想・・・“横に白い封筒”が在ったら・・・と>
◆ああビックリした、どこかの鑑識の記録写真かと思ったぞ。上のコメントにはないが、送られてきたデータには、「素足になって」との題がついていた。白い封筒はともかくとして、いずれにしてもビックリさせるのだから、右と上を各4分の1ほどカットして、靴だと分かりやすくした方が・・・。写真として、上部の木は少なくてもいいだろう。
■2.休息二題2
 ハンカチの木の下で憩う爺の穏やかな雰囲気を伝えたい。
◆「爺の穏やかな雰囲気」は伝わってくる。しかし写真としては、上の空の部分、左の新緑の部分が騒がしい。そこをカットすると落ち着く。




も ど る
■HN



■着信:2010.06.02
■場所:野洲市銅鐸博物館裏庭
 睡蓮の花を朝早く、開く前から待っていて撮って見ました。
■1.光さす
◆朝の光が開花途中のスイレンを照らす。写真を見ると、花にだけ真上からの光が当たっているように見える。朝の光がどうしてこういう状態に見えるのだろうか。手前のつぼみ状態の花も同じような光を受けているから、不思議なことでないのかも知れないが。
 前ボケをうまく使って神秘感を表現したのがよかった。蓮の花でも同じことがいえるが、バックの葉の処理が難しい。緑が思うように出ない。今の場合は、花の輝きでバックの難しさを救った。いい写真だ。
■2.睡蓮池に朝の光
◆余計なものを入れて、絵がつぶれてしまった。池全体の雰囲気を収めようとしたのだろうが、対岸の羊歯の葉っぱ。右の赤い欄干。これらが邪魔だった。とくに羊歯は朝日の赤さで茶色っぽく写っている。おそらく肉眼ではここまで黄色に見えなかったはず。上と右をカットしてと考えられるが、それをやると花の手前の鰯の頭のような白い何か?が邪魔をする。tyっとシンドイ場所だ。
■3.早朝の睡蓮
◆蜂が飛んでいる。おそらくそれを狙ったところ、手前に赤い前ボケだできた。ひょっとしたら、2の写真の欄干かも知れない。おそらくこれは無意識に入ってきたのではないか。これが白だと、池の面に漂う霧をイメージできたかも知れないが、赤ではしんどかった。花が2つほぼ縦に並んでしまったのも苦しかった。蜂にせかされたかな。






も ど る
■MEGW



■着信:2010.06.17
■1.朝陽に
 久し振りのかざみ公園からの朝陽です。朝陽に雲の輝きを意識して撮りました。
◆そうか、もう夏至だものな。太陽がずいぶん北へ振った。遠くに琵琶湖大橋が写っている。私自身、この風見鶏あずま屋も何回も撮った。何回撮っても満足できない。絵が落ち着かない。いろいろ考えたが、結局は、絵全体の中でのこのあずま屋が占める割合かな。どうしても大きくなりすぎる。今、頭の中だけで考えているだけで、現場に立つとどうなるのかやってみなければ分からないが、うんとワイドにして、広場の中にぽつんと立つというイメージにしたらどだろう。
 現場に立つと現場のイメージに拘束される。他の場所で考えると、現場では思いつかない別のイメージが湧く場合がある。意外とそれが生きてくる場合がある。もちろん逆もあるが。
■2.夕暮れに
 三島池の夕暮れ時、風が収まるのを待って夕日に照らされた伊吹山と池のシルエットです。
◆定番中の定番。この場合は、手前に草を入れた。正解、これがなければどうにもならない。しかし、上が窮屈すぎた。草の大きさを考えながらカメラを下げる。対岸と山が下がる。草はもう少し大きくてもよかっただろう。
■3.紫陽花
 紫陽花の柔らかな色合いを意識した一枚です。
◆「柔らかな色合い」、意図は分かるがその柔らkさが、ここまで画面を占めるとメリハリがきかなくなる。目の前にでかいオムレツをどーんと置かれたようで。解決策は、この花に木漏れ日か何かで陰影をつける。それがうまくいくと、陽が当たった部分が生きてくる。






も ど る
■SS



■着信:2010.06.17
■場所:希望が丘文化公園
■スズメガヤの向こう
 梅雨の晴れ間、雲が面白かったので出かけましたが、風が強かったので、思っていたような雲は吹き払われていました。やむなく、手前に草を入れて撮ってみました。
◆へー、この草はスズメガヤというのですか。初めてきいたガヤ。ちょっとしたアイデアで絵が変わる。今までのとはひと味違った絵になった。SSさんの場合、肝心の木がぼけるとしんどいが。これぐらいだと問題はない。この草の入れ方は、オーソドックスなおとなしい入れ方。ここで一つ、枠を破ってみては?。カメラをもっと下げて草を画面全体(上端まで)に雨が降るように入れてみる。その間から木が見えるという構図だどうだろう。うまくいくかどうかは分からない。しかしやってみる価値はある。もしそれが無理だったら、草を片方に、木を他方に分ける。一つにまとめるのが難しいだろうが。
 MEGWさんの項でも書いたが、現場に立つとイメージが現場に縛り付けられてしまう。現場以外の場所では自由な発想ができる。そのイメージが湧いてくると挑戦する意欲が湧いてくる。
■場所:野洲銅鐸博物館
2.水滴
 銅鐸博物館の大賀ハスは、まだ蕾。はっぱの水滴を写しましたが、曇り空だったので水滴もぼんやりしています。
◆水滴がポイントだが、大事なのは葉っぱの線と色。今の場合は、両方とも素直に表現された。いずれにしても蓮の葉っぱはどす黒く写ってしまう。この色はうまくいった。葉と葉の間、まん中に忠犬ハチ公が番をしておりまするぞ。
■3.睡蓮
 満開でした。
◆博物館裏の池だと思うが、こんなにアップできる場所に花が咲いていたかな。しっかりしたピントできっちり撮れている。曇り空がよかったのだろう。光が強いとこういう雰囲気には写らない。花の中心をやや右に寄せたのも正解。花の向きが左上向きだから。花の華やかさで、バックが沈んだのもよかった。






も ど る
■MED



■着信:2010.06.17
■1.夕焼け1
 太陽が落ちて間が無い時の夕焼けで山に白い雲がかかってなんだか高い山を見ているようでした。
◆MEDさんどこの山へ行って来たのかと思った。確かに雲海に浮かぶ峰という雰囲気がある。本物の山でこういう場面、とくに太陽が稜線上にあるときなど、稜線をどこへ持ってくるかがポイントになる。意識せずに撮ると、必ず稜線・太陽が画面の中央にくる。
 この場合もそれによく似ている。下の暗い部分には林があって、その手前はガードレールか何かが写っている。そこから下は意味がないだろう。カメラを上に振って空の美しさを全面に出したい。
■2.夕焼け2
 夕焼け1より少し時間が過ぎてから移動して撮りましたが日が落ちてしまうと、露出を変えたりしてみましたが、田んぼがやはり暗くなってしまいました。
◆レンズが短くなった。この場合はそれで正解。ただし、もう少し空を広くとりたかった。しかしこの構図でカメラを上に向けると、水田の光がほとんどなくなる。カメラ位置を下げて上へ振る。
 理屈はこういうことだが、根本的に稲が伸びすぎた。稲が伸びてくるとこうして水面が見えにくくなる。田植え直後だと空の美しさを反映して、いい写真になった。
■3.笹の露
 曇り勝ちの朝で余り風もなくて笹に幾つも露が付いていました。
◆「笹の露」というのだから、これは先の部分か。いいねー。よく見ると左側にクモの糸もかかっている。バックの上半分がもう少し暗く押さえられていtら文句なしだった。多分空の明るさが反映したのだろう。これを暗くすることは基本的に無理だから、多野くらい部分を探すしかなかった。それもなかったのだろうな。






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■m.m



■着信:2010.06.19
■3枚とも曇天の日の撮影です。
■1.雲倆A(大津市茶が崎、俯瞰撮影)
 雲に7巻き半された三上山。
◆難しい題がついた。「うんりょう」と読むのだろう。確か”技量”の旧漢字が”技倆”だったから”雲のわざ”という意味かな。なるほど、雲が三上山を相手にワザの限りを尽くして芸をしている。
 かなりの望遠だと思うが、この場合は正解だった。これぐらい大きくなければ山は見えない。手前の湖が単純すぎたが、そうおあつらえ向きの船が来るわけではないから、仕方ないだろう。
■2.雲倆B
 やつと姿をみせました。
◆そうして最後、「ちょっとだけよ…」ということで、見えました。よかったよかった。
 レンズをちょっと短くした。山は小さくなったが、手前に手すりが入ってきた。ベランダからの撮影か、それとも部屋のガラス越しか、ひょっとしたら窓を開けての室内からか。撮影方法は分からないが、1よりはこちらの方がいい。ただし、1の状態の時にこれをやっても、おそらく手すりばかりが強くなって、山には目がいかなかっただろう。そういう意味で、これはこれで正解だった。
■3.棚田(大津市仰木の里)
 初めて眼にします。この田は撮影する場所が限られました。
◆田植えが終わってあまり日が立ってない田圃。「棚田」という題だが、この写真では苗の線が強くて、それに目がいってしまう。S.Tさんの作品にもあったが、棚田の基本は田圃の段差。これが表現されて初めて生きてくる。あと1mほど左へ寄れば、その段差がはっきりしてきそうなんだが。「撮影する場所が限られました」とあるから、それも無理だったのか。






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■MRT



■着信:2010.06.19
■1.海辺(白浜)
 海からの届けもが沢山ある中、何時までも目から離れていく事がなく楽しませてくれた海藻です。
◆あー、ビックリした。巨大な毛虫かゲジゲジの死骸かと思ったぞ。JIJIさんに始まって、今回はサプライズの連続。
 「東海の小島の磯の…」と打ったら、《「の」の連続です。》とでた。アホか、余計なお節介じゃ。石川啄木大先生がそう書いてるんじゃ。「われ泣き濡れて海草とたはむる」。涙ぐましい写真だが、これ、何をどう見たらいいの。ずーっと向こうに続く海岸線の前景としてなら、分からなくもないが、これをこのまま大きく持ってきたには、それなりの意図があるのだろうが、もう少し詳しい説明がほしいところ。
■2.雨あがり
 雨が止み、蜘蛛の巣に真珠の玉が面白く出来ていていました。
◆クモの糸に水滴が残っているところ。クモの糸の面を斜めから見た感じで、雨粒がごちゃごちゃとくっつき過ぎ。それに細い枝やバックが騒がしく、思ったほどの効果が出せなかった。
■3.大木と遊ぶ(朽木)
 新緑に囲まれた大木にのぼり娘さん二人が童心に返り、語り、遊んでいるところです。
◆南国の明るい太陽の下、ゴーギャンが描いたタヒチの娘たち思わす。天真爛漫で、明るくて…。もっとも僕自身、そんな南の島へ行ったことはないが。
 写真としては、最初見たとき、太い幹と重なって手前に伸びる枝が気になった。これが右へ伸び上がるアングルだと、全体の絵はどうなっただろう。もっと左へ回って、左の女性が前に来て、右の女性がちょっと向こうにいるという関係になるんだろうか。MRTさんはこの2人を同じウエイトで置きたかったんだろうが。






も ど る
■marimari



■着信:2010.06.27
■場所:滋賀里周辺
 梅雨の晴れ間、湿度もなく爽やかな午前中に借りている野菜畑へ出かけた折、近くの保育園児たちも晴れ間の散歩を楽しんで・・・。急いで可愛い様子をコンデジ撮影しました。
 車をとめた近くの田んぼにオタマジャクシがいっぱい見えて、先に写真を撮っていたのでしたが同じ所で子供たちも自然観察?
■1.何いるかな?
◆子供たちが何かをのぞいている。解説を読むとオタマジャクシがいることが分かる。しかし写真からはそれは読みとれない。そこのところが難しいところ。オタマジャクシと子供を1枚に収めるのは無理な話。
 となればこのシーンをどう料理するか。子供たちは大きい子から順番に並んでいる。これは園内の自然の習慣によるのだろう。オタマジャクシはもともと無理だから、むしろこれを強調した方が面白かったのではないか。この写真は、オーソドックスな斜めからの構図だが、それを止めて、真後ろから狙う。左から順に、地蔵さんが並ぶように大から小へ。
■2..捕まえた〜!(後で見せてもらったら小さなカエルでした)
◆3枚ともにいえることだが、たまたま出会った子供たちという関係である。これは仕方ないこと。事実そうなんだから。このシーンも、「つかまえた」と女の子が走り寄るのは先生である。カメラは第三者として、それを見ている。この場合、カメラに向かって手を差し出してくれる関係だと、迫真の写真(ワイドレンズの前にぐっと指しだした手から、カエルが飛び出そうとしている。もちろんワイドだから子供の表情も入る)が撮れる。そこまで行くには時間がかかる。とすれば、子供と先生を狙うのがいちばん早道だろう。
■3.急いで帰らないと〜!(給食時間が近づいたようです)
◆第三者の目がここでは生きた。「帰り道」を後から狙った。この状況は分かりやすい。残念だったのは、全体が離れすぎた。最後尾の先生と子供にぐっと近づいていたら、それらが大きく写り、先頭との遠近感が強調されて、「さあ、急いで」という状況が強くなった。







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