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デジカメ わいわい村
とれとれ作品集 NO.32

2009年06月・前半

も ど る



HND S.T 森川 MRYM MEGW HN SKI m.m JIJITKS

も ど る
■HND

■着信:2009.05.23
■葛城高原風景
■山全体が山つつじで真赤に染まり、その景色は壮観で圧倒されそうでしたが、写真撮影となるとほとんどが紅色で苦労しました。周囲の山との組み合わせでは、赤と緑で又一苦労でした。
■(1)頂上付近の坂道
 どうしても赤がほとんどになりますが、坂道を斜めに入れて変化を持たせました。
◆これだけの花だとこう撮るしか方法はないわね。スケールを示すという点で、道と人を入れたのは正解だった。右上隅にちらっと見えている花、これは中途半端だった。カットしてもいいが、構図としては、もうちょっとしっかり入れた方がよかっただろう。
■(2)空に伸びたつつじの枝
 花そのものは盛りを過ぎて魅力は半減していましたが、空に伸びた枝葉はコントラストが見事でした。又ただ枝だけではなく周囲の景色も少し入れて見ました。
◆面白い狙いだが、鹿の角のようで、ちょっと強すぎたか。2本の枝が、同じ方向にそっと並んでいる方が落ち着いただろう。そんなおあつらえ向きのがないことは百も承知の話しだが。
■(3)吹流し
 頂上付近の草原に立ててあった吹流しが、何か清涼感を感じさせ、空の雲との組み合わせで撮ってみました。
◆オレンジのきついのを2枚見てきた目には、ほっとする。何のための吹き流しか分からないが、長いさおにかわいらしい吹き流し。下の枯れた木もいい。もうちょっと離れたところに立ててくれたら絵になったのに。しかしこれはぼやいても仕方がない。右のベンチにだれか人がいたらなあ。 




も ど る
■S.T

■着信:2009.05.28
■隠岐島前観光シリーズNO2
■1.山頂の歌碑と牛の親子
◆歌碑を前にした広い牧場。こういう歌碑をみると文字が読めるようにと思う。結果、碑が大きくなってしまう。もう一枚「道端に野大根少し有り」とのコメントがついた写真があった。写真としてはその方がよかったが、学習のためにあえてこちらを選んだ。1は、文字が読めるようにと、歌碑を正面からドーンと捉えた。「道端に」はそれが斜めからになっている。この角度から捉えても、もう少し大きくてピントがしっかりしておれば字は読める。歌碑はずいぶんスマートに写る。もっとも、1の場合、その角度から撮って、うまい具合に牛馬がいるかどうかは問題だけど。
■2.牛馬の放牧
◆岩で囲んだ牧場なんて見たことない。これは万里の長城だ。石を運ぶだけでも大変な労力だったはず。どうして運んだのだろうか。そっちの方が気になる。写真としては、うまい具合に稜線に牛が並んだ。
空を必要最小限にとどめてOK。
■3.赤壁(色鮮やかな崖の色に驚嘆)
◆赤壁(「せきへき」と読むのだそうな)、もう1枚「テレビで見た処だー」というのが送られてきたが、これは迷わず「3」をとる。S.Tさんとしては「テレビで」に愛着があるのではないかと推察するが、第三者から見たとき、そちらはかやくが多すぎる。手前の白い岩、右の岩、水平線。これはやはり「3」の方がそのものズバリで分かりやすい。




も ど る
■森川邦昭

■着信:2009.05.29
■撮影場所:道端の池(栗東市内)。
■題名:鏤む夕日(・・・これ何と読むのかなあ) 眩しい光が当たる水面を露出をアンダーに(光が強かったので)調整して撮ればどういうふうに写るのか練習の意味で撮ってみました。池の本来の色と異なり今までに経験のない変った感じの写真になりました。
◆目で見た水面はキラキラと明るく写真とはかなりイメージが異なる。写真に撮った水面としてはこれが普通だと思う。
◆(1)下の2枚に比べて、水面のキラキラが少ないので、そういう点で、大きな前景をもってきたのは正解だった。しかし左側の木はちょっと大きすぎたかな。カモが右上にいたら、これでもよかったかとも思うが、いまの場合は、左のカモ時が近すぎて、バランスが崩れている感がある。
■(2)カモの位置ですが、元の写真では真ん中にありましたが、トリミングして右下に持ってきました。
◆これでOK。いい位置だ。何でもないようだけど、カモは左を向いているので、左を広くとった。正解。
 できればトリミングでなしに、現場で絵を作りたい。水面の光の変化を画面に読み込むとさらに生きてくる。たとえば、この場合、水面は右が明るい。水面に明暗のニュアンスが入ってくるとぐんとよくなる。それをやるにはワイドになるだろうが。そうするとカモが小さくなるか。無理かな。
■(3)ボートらしいが、一見してそれがわかりにくいし、画面の中での割合が大きすぎた。手前の草ももう一つ魅力がない。この際ボートは遠慮してもらって、姿のいい草のシルエットを入れたかった。     




も ど る
■MRYM

■着信:2009.05.30
■@勧修寺の氷室池のウシガエルです。ものすごい声で鳴きます。空気をお腹いっぱい吸って鳴いています。
◆なるほど大きなカエルだ。ウシガエルていうんですか。初めて聞いた名前だ。ということで、注意してみると、なるほどカエルがいるのだが、始め一目見たときには、スイレンの葉っぱが目に入ってくる。コメントを見て、カエルは?、と探して、「ああ、いるいる」ということになる。保護色で目立たないようにしているカエルを狙うのだから、普通にとったのではわかりにくい。さあ、どうするか。
■A鯉は優美です。内緒話をしているみたい。
◆ホント、内緒話か。どっかの国の議会でもこんな風景をよく見る。
 それはともかくとして、このようにスイレンが咲いているような池の水はたいていこのように濁っている。もとの水がこんな色だから仕方がないのだが、ちょっとでも美しく写したい。水は空を写す。たとえば琵琶湖の水でも曇り空の時は濁って見えるし、晴天の時は青くきれいに見える。
 だからこの池も青空の時にはもう少しきれいに見えるはず。行ったときに写すのではなく、写すときに(きれいに写せるときに)行く。


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■MEGW

■着信:2009.06.03
■@「サンロード」:雄琴湖畔平、川添の道路に朝日が照らし、この道はどこまで続くかな・・・朝日に向かって散歩、今日も一日元気でいけそう!!!
◆朝日に向かって一直線に続く道。太陽は左へ寄った。遠く野山は長命寺山だ。高校生が左側を後から自転車で、「オハヨー」と行きたいところだけれど、夏の日の出、こんなに早く起きている高校生はおらんわなー。
■A「朝日水田に映える」:雄琴湖畔平から、前回の作品で前景があれば・・・とコメントを頂きました。確かに畑が凸形に水田を分断しており、木立は柿木程度です。今回は快晴で対岸は朝もやで煙かすみ、思い切って畑のニンニクの花芽を前景に取り入れてみました。
◆いいですねー。面白いなー、ニンニクて食べる前にこんな使い方があったのか。前回のは空をもてあまし気味で、田圃を広くとったのだが、こちらの方が遙かにいい。これは成功。
■B「桜池に緑いっぱい」:近江富士花緑公園内、桜池に新緑の三上山、木立が映り、空は鉛色で影もなく水中の緑色の藻を雲に見立てれば面白い風景かな。
◆池に写っている山と木の影。特になだらかな山の線と木の組み合わせがいい。うまくいった。ただしこの場合は木の影が目玉だから、右と下は手持ちぶさた。それをトリミングした方がいいだろう。

*なお、「桜池」はふるさと館から道路を隔てて反対側に別に大きなのがあって、この池は桜池ではない。この池の名称不明。ただの池?。




も ど る
■HN

■着信:2009.05.20
■題名:かもの飛び立ち。
■撮影場所:近江八幡市北津田
■私の川蝉スタジアムに川蝉が来なくなくなってからもう2か月、川蝉のうわさを聞いて標記の場所に通っています。だが駄目です、遠くて暗い所での川蝉のお出ましです。そんな時に飛んできた鴨が珍しく感じらてシャッターを切りました。
◆それは淋しい。カワセミくん、どうしたのかな。せっかくのお友達だったのに。
◆1.これは1羽のカモの連続撮影だろうか。かなり暗い場所らしい。それが幸いして、羽が流れて流動感は出た。残念ながら流れすぎて、羽が見えないところもあるが。水しぶきも流れて、躍動感が出ている。もう少し右が見えたら、文句なしだった。
◆2.ちょっと明るいところへでた。連射のことは余り勉強していないのだが、連射している途中で明るさが変わったとき、露出は変化していくのだろうか。この場合はシャッタースピードは変わっていないようだ。1も2も、手前の羽(左羽)が見えにくいのはなぜだろう。羽の色だとも思えないし。
◆3.明るいところへ出た。と同時に、地形的にバックが近いらしい。バックがはっきり写って、さわがしくなった。鳥の前方が詰まった絵もこの場合は、一目散に去っていく感じが出てよかったと思う。ただし、1.2.3をセットで見た場合だが。「3」を単品としてみた場合は、前のつまりも、バックの騒がしさもちょっとシンドイだろう。
 カワセミくん、帰ってくるといいのにね。




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■SKI

■着信:2009.06.04
■(1)新緑
 近江八幡 日牟礼神社入り口の橋の下から。緑が綺麗でした。
◆これは曇り空だったらしい。八幡堀の水は、一時に比べるとずいぶんきれいになったのだが、それでも水が流れないものだから、どうしてもよどむ。水の色は空を映すから、青空だったらもう少し水の色が生きていただろう。行事の時の写真は、条件を選べないからシンドイ。絵としては奥行き感もあり、よかったと思う。
■(2)早朝の飛行機雲
 棚田の朝焼けの撮影を終えて、車の所まで戻って来たときに、飛行機雲が走ったのであわてて撮りました。何枚か撮った最後のものなので、飛行機雲もちょっとボヤけて太くなっています。空全体の雰囲気がこの1枚が良かったのでこれを選びました。
◆飛行機も朝早くから働き者だ。しかし罪な飛び方をした。何も縦一直線に見える方向に飛ばなくてもいいのに。飛行機は毎日同じコースを飛んでいるはずだから、仰木から見ると、必然的にこう見えるのかな。空はともかくとして、陸地にシルエットがほしかった。たとえば犬をつれて散歩する人とか。クワを担いで歩くおじいさんとか。
■(3)朝日を受けて
 これも棚田の朝焼けの撮影を終えての1枚です。土手に生えている草ですが、朝日を受けて輝いて見えました。
◆面白いね。太陽を低くしたのがよかった。ちょっと気になるのは、手前によく似た3本の草をもってきたこと。これが画面のにふたをして、太陽が弱くなった。この場合、大中小3本ぐらいを並べる。それも等間隔でなしに、大・中小とか大中・少とかリズムをもたせて。この場合だと右3本の組み合わせがそれに近い。しかし大大大の3本が強すぎて、涙をのんでいる。




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■m.m

■着信:2009.06.06
■季節はづれの藤ですが、気になつて手元に置いてる1枚です。見ようによつて砂ずれの藤に、上を見たら駄目ですが。
◆(1)藤は藤棚から下がって咲く。当たり前のことだけど。ということで、藤の花というよりは、藤棚をどのように撮るかということになる。この場合は、藤棚の一面を対して真正面から狙った。ちょうどのれんを真正面から狙ったのと同じことになる。のれんだったら、それが2枚なり、3枚なりの部分に分かれて、それに屋号などが書いてある。それが風に揺れたりしてけっこう絵になるのだが、藤の場合はそれがないので単調になってしまう。これに藤の面に平行に横からの光があると、立体感が出るのだが、…石垣にその面と平行な光が当たると、石垣の凹凸がよく見えるのと同じ…藤の時期はほとんど光は上から来る。
 それはともかくとして、「上を見たら駄目ですが」というのは、この写真はカメラを下から上を向けて撮ったのだが、これではいけないかという意味だと解釈したのだが。別にいけないことはない。むしろこの場合葉、可能ならもっとカメラを下げて、バックの明るい部分をカットしたい。それで花の最下端のバックが暗くなって、花が浮き上がっただろう。
■あと2枚は雨の中での撮影です。
◆(2)陸上競技のトラックを見るように、花をうまく並べた。きれいなカーブが見える。それはよかったのだが、雨の中で、傘でもさしていたのかな、花のカーブに気をとられて、カメラが傾いてしまったのが気になる。
◆(3)おそらく目で見たらいい雰囲気だったのだろう。しかし、このような草むらに対して、雨の日の広い湖はけっこう明るい、カメラは精一杯の露出計算をやったはずだが、やはりこの白い広がりはしんどかった。注:こういうとき湖だけを撮ると今度は全体がグレーにに写る。難儀なものやね、写真というヤツは。




も ど る
■JIJITKS

■着信:2009.06.10
■(1)浄瑠璃石仏:帰途、駅のポスターと同じ構図・・。
◆句碑だとかこのような平面的な磨崖佛(左の写真の場合、平面的とはいえないかも知れないが、三体を一つとしてみた場合、やはり平面と考えられる)などを撮る場合、どうしてもその内容を説明したくなる。句碑ならその句をしっかり読めるように、このような石仏ならその姿をきっちり見せたい。ということで、どうしてもそれらを真正面から狙うことになる。結果、画面は説明的かつ画一的になってしまう。たとえば、真横近くからワイドで石仏にぐっと近寄って、それをアップしながら、その周辺の一部を含めた絵は作れないだろうか。
■(2)緑に埋ずまる三重塔:平成大修理後で鮮やかな朱色。
◆朱と緑の組み合わせで、題名の通りのイメージがうまく作れた。絵のバランスとしては、塔を少し右へもっていきたかった。写真を見ただけでは、周辺の状況がよく分からないが、右側の緑の雑然としているのが気になる。左が許せば、カメラをさらに左へ振りたかった。
 左下に石段が見えるが、それを材料には出来なかったか。ワイドにして見上げることになりそうで、塔が歪むことになるのかなー。
■(3)浄瑠璃寺の三重塔(遣送佛安置)を彼岸から拝む図。
◆肉眼では池の向こうの塔ということで、手前の石灯籠を含めて、すばらしい情景のところ。この場合、人間の目には灯籠を見て、池の石組みなどを見、そしてその奥の塔を見る。問題は塔を見るときである。たとえばテレビカメラを想定してみると。最初はワイド気味のレンズで、左の写真の絵を作る。その後池の石組などを含めて塔を撮りながら、最後は塔をアップする。そのときはかなりレンズは長くなっているはず。そのとき画面には手前の灯籠は入っていない。人間が肉眼で見るときもそういう見方をしているはず。
 ということを考えてみると、この場所は、一枚物の写真を撮る場所としては非常に難しい場所だ。上で述べたTVカメラがやることを一枚で代行するのだから大変だ。石灯籠を小さくし、塔を大きく撮る。そのためには、可能な限りバックしてレンズを長くする。いずれにしてもいちばん大きく写る灯籠を脇役に、いちばん小さい塔を主役にしようとするのだから、難しい話しである。





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