k
 
デジカメ わいわい村
とれとれ作品集 NO.3

2008年03月・後期

も ど る

森川 S.T MED まさーき NSKT HN HND ND 布施 m.m TN ゆーさん

 


も ど る
■森川邦昭

■野沢の夕暮れ ■森川邦昭 
■着信:2008.03.13
■野沢温泉スキー場
■夕暮れ、澄んだ空の夕焼け、青い空気と雪原のコントラスト。よく見かける光景で躊躇したが兎も角シャッターを切り私なりにカメラに収めたかった。向いに、木の間から妙高高原スキー場の夜間照明の光。そして雪原の向こうに近くの民家の光がありおとぎの国の世界を感じました。
◆西の空の雪雲、明日も雪かな。暮れ行く雪景色、いいものです。特に民家に明かりが点るころ。
 右の木の位置、これはこれでよしとして、妙高スキー場の光が木と重なってしまった。これが惜しい。その手前にも雪上車だろうか、明るい光がある。カメラをあと1m左へ持っていっていたら、これらの明かりを舞台へもって出られた。惜しかった。

■ちびっこつららの整列 ■森川邦昭 
■着信:2008.03.13
■野沢温泉スキー場
■野沢温泉へのお客様に無料開放している中野乃湯の玄関屋根。小さいツララがアルファベットのZ形に並んでおり、一生懸命におもてなしをしているいような感じがしました。
◆小さなツララがZ型に並んでいる。これは斜めの線がきいている。こびとがエスカレーターに乗っているような。この列にも、下と同じぐらいのツララが並んでいたら、面白かっただろうな。

■白亜の妙高山と火打山 ■森川邦昭 
■着信:2008.03.13
■野沢温泉スキー場
■妙高山と火打山。これはスナップ写真でしかないと思います。真正面にどっしりと構え、白く、雄大な風貌に圧倒されました。でも撮影は難しく全てカメラ任せで、物足りなさを感じました。
◆「わーきれい」の典型的な場所といえる。馴れない人が無意識に撮ると、画面の半分が空になってしまうのだが、この写真はきっちり空を詰めて、山の写真の第1段階はクリアーしたというところ。手前の木の入れ方もOK。光の加減その他、自由が利かない行って来ました写真だから、これ以上欲はいえないところだろう。


も ど る
■S.T

■雪直前 ■S.T ■着信:2008.03.12
■滋賀県余呉湖 
■とれとれに教室でのご指導を復習しましたのを添付しました。
◆奥の山から今にも雪が来そうな余呉湖。手前の雪の白さと、湖の暗さとの対比が力強く感じられる。教室では、右端の木の色が茶色と黄の中間ぐらいで、妙に生々しかったのだが、ものクロムにしたことによって、しっとりとしてきた。これは成功。もう少し木に近づいて大きく(木の先が空へ大きく出るまで)し、そして若干左へ持っていけば安定した。

■花水木 ■S.T ■着信:2008.03.15
■愛知県県安城市 
■我が家の庭では夏咲く花水木が壁際で一株影を落としていました。
◆グレーの壁の前に立つ花水木の花。気品のあるいい写真に仕上がった。壁がグレーで、上半分の影の部分が黒くつぶれなかったのがよかった。そこへ日の当たった主役の花を持ってきた。後ろの控えめなランプもいい。
 このように木が壁に影を落としているとき、往々にして木そのものと影が妙な重なり方をするものだが、それもうまくいった。欲を言えば、ランプの受け台あたりがもう少しぼけていたらとも思うが、この近さではこれ以上無理だろう。

■足跡  ■S.T ■着信:2008.03.15
■愛知県安城市 
■大温室フローラルプレイスの床の足跡を見つけました。
◆敷石か、Pタイルか。それに足跡のレタリング。ワイドを使って遠近感を出した。第1段階クリアーというところ。
 これが完成品になるかならないかは、左上に見えている明るい床の取り入れ方だった。あと1歩足跡に近づいて、そのあと左上の明るい空間を、今写っている高さの2倍から2.5倍にし、ハイヒールの片足が入っていたら、しゃれたいい作品になっていた。惜しかった。


も ど る
■MED

■病気の後遺症で右手の動きが悪くなって、シャッターの半押しが出来てもその後の半分が押し切れない。写真が撮りたい一心でリハビリに通って、自分なりに指を動かす工夫もしました。何度も何度も失敗しながら、右手の人差し指でシャッターを押す事が出来た時は本当にうれしかった。
◆暖かくなったら、またラフォーレへ来てください。動きにくかったら、みんなで迎えに行きますよ。


■春の訪れ ■MED ■着信:2008.03.15
■滋賀県守山市 
■去年は思わぬ病気になってしまって、ラフォーレの写真教室が最後まで習えなくて残念でした。まだ治っていないので、外に出歩く事が出来ないから家の庭の猫柳を撮ってみました。
◆半押しができても、あとの半分が・・・・。大変な努力の結果です。MEさんの執念がわき出てくるのを感じます。頭が下がる思い、早くよくなってください。
 真ん中の3つの花(これ花でいいんだろうな、まさか実ではないわね)が上からの光を受けてかわいい。意識して撮ったかどうかは分からないけれど、3つのうちの右側の大きいのと、次の2つとの間に微妙な細い線が入っているのが実にいい。これで、トン・トントンというリズムができた。欲を言えば、ネコヤナギの枝と後ろの木の幹が重なったこと、これが残念だった。
 去年の時計草だったかな、カラスウリだったかな。夜、懐中電灯で撮ったの、都合がつくときに送ってください。

◆昨年ラフォーレで見せてもらったとき、みんなが感心したので、あらためて送ってもらいました。
 MEさんのコメントを見て驚いた。一読して、いい加減なことでは撮れないことがよく分かる。とくに、夜咲く花を昼間に目星をつけておくこと。「来年はあそこにも花が咲くんだと独りほくそ笑んでいます」というくだり。写真は1年サイクル。この周到さ、この計画性が作品につながる。行き当たりばったりでは写真は撮れない。見事。


■カラスウリ ■MED ■着信:2008.03.20
■滋賀県守山市 
■この花を撮るには、昼間にその日の夜に咲きそうなつぼみを見つけること。その場所を夜でも解るような大きな木とかを目標にして、しっかりと覚えておくこと。花が咲く時間は午後9時前後からです。月明かりは関係ないみたいです。懐中電灯と三脚とを用意し、蚊の集中攻撃に合うので虫よけをスプレーをふりかけて、長袖の服と帽子も忘れずに。足元が悪いのとへびやマムシ除けのために長靴も履きます。
 懐中電灯で花を照らし出し、シャッターを切るときは電灯の明かりを少しづらします。白い花ですので、明かりが当たりすぎるとハレーションを起こしてしまいます。カラスウリを撮りかけてから3〜4年になりますが、自分の手の届くような所にはなかなか咲いてくれません。カラスウリの実がなっているのを見つけると、来年はあそこにも花が咲くんだと独りほくそ笑んでいます。私の撮影している場所が近じか大きな道路がつくようです。


も ど る
■まさーき

◆「まさーき」さま、初めて参加してくださいました。ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。



■えり  ■まさーき ■着信:2008.03.19
■滋賀県大津市 
■どちらも昨年の10月に膳所城址公園から対岸を撮ったものです。山の前のホテルが邪魔ですね。
◆まず手始めにということだが、うーん、初めての方が琵琶湖を普通に撮ると必ずこうなる。なぜか。湖岸に立って湖を見るとき、私たちはまず対岸に目をやる。この写真でいえば、近江大橋から続く対岸の線。この写真の場合はエリもその中に入っていると考えてよい。結果、その線が写真の中央に来てしまった。
 それと、手前の石の線を含めて考えてみると、「二の字」構図が見えてくる。「三の字」も含めて、水平な線が平行に並ぶ構図だけれど、これは奥行き感を阻害する。この写真の場合、ワイドレンズを使っていて、本来ならば遠近感が感じられるはずだが、直感的にそれが感じられないのはそのためである。

■句碑  ■まさーき ■着信:2008.03.19
■滋賀県大津市 
◆公園の中の句碑を撮ったものだが、その意図がもう一つ感じ取れない。風景の中の一つとして撮ったのなら文字が読めなくてもいいし、もっと小さくてもいい。逆に飯田棹水という人が大事で、これはその人の句碑だという場合は、その内容が必須条件になる。この場合は多分前者だろうから、風景のアクセント程度にもっと小さくてもよかっただろう。
 それともう一つ、空がべたっと白くトンでしまうのは、注意してできるだけ避けたい。


も ど る
■NSKT

■飛び立つ瞬間(上)・一斉飛来(中)・低空飛行(下) 
■NSKT(根体チャ)
■着信:2008.03.19
■滋賀県琵琶湖岸  
NSKTさんホームページ
■根気、体力、チャンス、これに限る。
◆ご存じNSKTさんの白鳥。見事な飛び立つ瞬間。前の鳥の頭を蹴飛ばすのではないかと、よけいな心配をしてよく見たら、コースは完全に別。望遠効果で一列に並んでいるように見えるが、実際は邪魔にならない程度に離れているということ。どれぐらい離れているのかな。私には見当もつかないが。
◆一斉飛来。これも鳥どうしの前後関係は見たとおりだが、左右の関係となると、もう見当がつかない。一塊りになってそう左右の広がりはないようにも見えるが、焦点深度の許容範囲内なのだろうな。奥の山にもそこそこのピントは来ているようだから、その心配は無用なのだろう。
◆これは見事な低空飛行。中の写真もそうだけど水平飛行のときは、体全体を水平にして飛ぶんだな。首が痛くないのか。一度白鳥に聞いておいてください。
 細かいことだけど、前の白鳥の羽の左上。新聞か何か白いものが落ちている。ここまで来るとこういうのが目立ってくる。画像処置の時点で、消しておいた方がよいだろう。


も ど る
■HN

■川蝉  ■HN 
■着信:2008.03.19
■野洲市永原
■近くで撮れた川蝉。川蝉に出会ってから今日まで一番近くで撮れた写真です。
◆昔、京都で聞いたウソのようなホントの話。バス停のスタンドを、毎晩何10センチかずつ、自分のうちの方へ動かしていき、他の人が気づいたときには、正規の位置より数10mもずれていたという。HNさんも、それやったのと違うか。
 毎日何センチかずつ杭を動かしたのか、あのオッサンはなにもしよらへんという信頼関係ができたのか。ただ漠然と見ていると、なんとうまいこと近くに来てくれたと見えるのだが、見えないところでは工夫と努力があってのことだろう。一度その工夫談義を聞きたいものである。
 上の写真の下に見える綿のようなもの、雪ではなさそうだし、これも何かの仕掛けかな。白鳥も帰ってしまったし、NSKT親分も手が空いた。今度は二人してカワセミ作戦か。テーマとして、カワセミの目玉にキャッチライト(目玉の一部にチカっと当たる光)を当てられないものだろうか。たとえば、カメラと別の位置からストロボをとばすとか。下2枚は鈍い光が見えるのだが、上は目玉の存在がわかりにくい。ここでチカっと光るときいてくる。口で言うのは簡単だけど、実際にはねー。
 今度カワセミに会ったらよろしゅういうといてください、「わいわい村の他の連中にも、ちゃんと芸してやってや」と。


も ど る
■HND

■明石大橋(上)、瀬戸大橋(中)、内海の夕日(下)
■HND 
■着信:2008.03.20
■船上から
■朝晩水平線に上る(沈む)太陽を追っかけましたが、天候の加減もあり上手く撮れませんでした。船員さんの話によるとこのシーズンは難しいとのことでした。
◆旅のスナップ。いわゆる「行って来ました写真」である。旅の記録だから、条件は二の次。与えられた条件で撮るしかない。MEさんがいう「夜咲く花を昼間に目星をつけておいて・・・」というのとは様子が違う。そのことは上のHNDさん自身のコメントが如実に物語っている。大げさな言い方をすれば、ニュースカメラマン的な撮り方、その条件下でいかにいい写真を撮るか、ということになる。
 ということで、とりあえず3枚並べてみた。この3枚、すべて水平線が右上がりに写っている。船上からの手持ち撮影だから、船の揺れもあるかとは思うが、3枚全部それも全部右上がりだとなると、これは偶然ではない。HNDさんをやり玉に挙げたようで申し訳ない(ゴメンネ)が、これはHNDさんだけの問題ではない。人間全部必ず固有の癖がある。無意識に構えると必ずどちらかに傾く。私なんか自慢じゃないが、三脚をつけていても傾く。できるだけ意識して、直すよう努力するしか仕方ないのだが、それでも傾く場合は画像処理の時点で修正するしかない。
 4枚目の写真は、その傾きを修正したもの。あえて三角形の余白を残した。こんなに傾いていたのと驚かれると思う。なおこの写真は、コントラストは送られてきたままにした。他の3枚は、送られて来た画像より若干コントラストを上げてある。コントラストについては、賛否両論あろう。自分ならどうするか、それを考えるところから写真が始まる。


も ど る
■ND

■水の音 ■ND ■着信:2008.03.23
■大津びわこ文化公園 3月11日(火) 撮影
■苔岩にピントを合わせ、水の流れる音を表現しょうとの思いから撮影しました。シャータ速度1/200
◆(上)「水の音」NDさんオリジナル版。
 (中・下)八田によるトリミング版。
 この写真を、いま、何回も繰り返し見ている。無意識に撮ったのか、それともいろいろ考えながら、何枚も撮ったうちの1枚なのか。広角の帝王NDさん、レンズの視角は自分の目になっているはずだから、無意識ではないはず。あれこれ迷った結果の1枚だろう。
 NDさんのコメントによると、「苔岩にピントをおいて、水の音を・・・」という。まずそこのところに迷いがあったのではないか。この写真、一目見たとき、まずオムスビ岩に目がいく。しかし、残念ながらこの岩は主役には荷が重い。だから「水の音」になったのだろうが、水を主役にするには、目立つ岩をここにおくのはしんどかった。
 この場合、岩はあくまで脇役なのだから、お前はちょっとへっこっんどれよという位置づくりが必要。ということで、トリミングをしてみた。まず岩を3分の1ほど入れて、ヨコ位置のものを作った。この岩のベクトルは左上向きだから、できればもっと右へ持っていきたかったが、そうすると肝心の水が中途半端になるので、ここらで手を打った。
 タテ位置のものは、水の奥まで入れたかったので、岩は左へ寄った。岩の半分くらいを入れたので、(中)にくらべて岩の量は増えている。
 いずれにしても、これで水が主役になる。あとは縦か横かということになるが、ヨコは水の音ががやかましい。私としては、谷の奥遠くから音が聞こえてくるタテをとる。
 現場を分からずに書いている。ひょっとして、ここまで近づけなかったのかも知れない。・・・と、ここまで書いてきて、ふと気になった。この写真、下半分はほとんど水面を真上から見るアングルになっている。NDさんは、岩の周囲の水流に興味をひかれたのではないか。だとすると、ねらいはまた別の絵になるのだが。


も ど る
■布施 誠

■諏訪富士「蓼科山」 ■布施 誠 
■着信:2008.03.24 ■茅野市 米沢
■その昔当地のバス会社のビーナスラインのガイド教本には別名「諏訪富士」と案内されていました。他のご当地富士が独立峰に対してこの山は、八ヶ岳に続いてますからあまり大きな声で「諏訪富士」とは叫べません。 落葉松の芽吹くころ再度挑戦します。ただこれ以上上にいくと茅野の住宅街が入ってしまいます。
◆きれいな青空の中に雪をかぶった蓼科山。文句なしの条件だが、手前の落葉松が大きすぎた。この場所、これ以上後退できなかったかなあ。こういう場合、山を大きく撮るには、ちょっとでもバックする、できる限りカメラ位置を高くする、この2点。
 それと落葉松と、ヨシかなススキかな、これらがいわゆる「二の字」構図で、奥行きに対して壁を作っているのがシンドイ。


も ど る
■m.m

■xxxx  ■m.m ■着信:2008.03.24
■滋賀県大津市 
■(上)石山寺の方に沈む夕日です。
 (下)お月さまに挑戦しましたが、ブレました
◆送られてきたデータは、2枚ともやや暗かったので明るさを補正した。枯れ草を空に出して、沈み行く太陽を下に置いた。なかなか面白い。下の黒くつぶれた部分が重たいので、カメラは若干上へ向けた方がいい。そうすると、枯れ草も画面の上で下へ移動する。その分枯れ草に近づいて枯れ草を大きくする。
 下の葉っぱの向こうの月、蝶々が飛んでいるようで面白い。m.mさんのコメントにあるように、ぶれてしまったのが惜しい。これはレンズが長く、スローシャッターになるのだから、三脚を使用していてもうっかりするとぶれる。


も ど る
■TN

■日の出を待つ ■TN  ■着信:2008.03.24
■小豆島 ■TNさんホームページ
■小豆島に出かけ朝日が昇るのに出会いました。空がうっすらと染まって、段々と色が濃くなりやがて太陽が頭を出すまで撮り続けました。空が赤く変わって行くのと、海にそれが映る、この光景は感動的でした。
◆いわゆる「行って来ました写真」で、事前に太陽ので場所などをチェックしておくことは不可能である。行き当たりばったりの、出たとこ勝負をするしか仕方がない。
 この場合、ポイントとしては、対岸の山、手前のボート、左側の岬、それと太陽ということになる。
 太陽が昇るに従って、レンズが徐々に長くなっている。気持ちとしてはよく分かるのだが、カメラの露出が太陽の影響を受けやすくなって、対岸の山のクロが強くなっている。これが強くなりすぎると、絵に対して影響が強くなる。それと同じ割合でボートが大きくなってくる。これもシンドイ。添景としてのボートの大きさは上の写真ぐらいが適当。下はちょっと大きすぎる。
 そんなことで、3枚のうちからどれか1枚を選べといわれたら、私としては、「山に多少のニュアンスが残っている」、「ボートの大きさのバランス」、この2つの理由で、(上)か(中)。そのうちのどちらかといわれたら、水面の様子などから、(上)かな。


も ど る
■林 誠二

■開花直前 ■林 誠二 ■着信:2008.03.30
■野洲市花緑公園 ■撮影日 3月29日
■場所:花緑公園、f/11、1/320秒
露出補正:−0.3 焦点距離:30mm
■開花直前の、枝垂れ桜の枝ぶりが見事でだったので、マイナス補正でシルエットとして撮影しました。蕾がほんのりと赤く色づいていてもうすぐ咲くな・・・という感じが気に入っています。
◆「蕾が色づいて」ということだが、それを描写するのにシルエットでは無理だったのではないか。色がほとんど見えないし、蕾のふくらみも判然としない。撮影する本人は現物を見てイメージが強いのだが、第三者が見ると単なる枝振りのシルエットとしか見えない。できたかどうかは不明だが、どれかの枝に近づいて蕾をワイドでアップするなりの手が必要だったろう。


も ど る
■ゆーさん

■水路閣 ■ゆーさん ■着信:2008.03.30
■京都市左京区 ■ゆーさんホームページ
■桜も少し早いのでゆっくり写真撮れるのか!と思ってましたら、なんのなんのすごい人出で、とてもとても、このアングルで精一杯。冬の方が人が少ないそうですので、紅葉が終わった頃に、もう少し納得できる写真を撮ろうと思っています。
◆ゆーさんの写真を見ていると、NO.1でマキノのメタセコイヤ、在原、今回の南禅寺といわゆる名所巡りになっている。それが悪いわけではないが、もう撮り尽くされているわけで、それを越えるためには、少なくとも何のためにとるのかをしっかり持っていないと、ただ行って来ましただけということになる。開き直って、こんなに人がいっぱいですよという写真にした方が面白かったか。

■南禅寺山門にて  ■ゆーさん ■着信:2008.03.30
■京都市左京区 
■人が一杯というところで、一瞬山門の柱に隠れたり、端っこにっという感じそして、アベックが… という写真が偶然撮れました。
◆人の多いところでご苦労さんでした。人の出入りに気をとられて、肝心の絵がおろそかになったというところかな。この場合、画面を見て真っ先に目につくのは3本の柱。それはいい。次はどれか、人物に目を持っていきたいところだが、その前に右下の白飛びに目がいく。事前にそれを処理しておくと人物が生きた。


このページのトップへ も ど る