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も ど る |
■布施 誠
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■晩秋の峰 ■着信:2008.02.18 ■長野県茅野市
■十月中旬、里は秋真っ盛りの時期。登山口から1時間半のところ。森林地帯をぬけると眼前の山頂は一面霜に覆われていた。おもわずシャッターを・・・。ただそこまでひたすら歩いてきたあと、息を整えることをしなかったため,画像を拡大してみたらなんとなくピントが甘い。残念。
◆そういえば甘いような気もするが、この画面程度ではよく分からない。本当にピントが来ているかどうかは、実際に紙に焼いてみないと分からないだろう。何となく甘いと感じる場合はまずカメラぶれを疑ってかかればよい。
絶好のチャンスに恵まれたわけで、これ以外に別の構図はなかったのだろうか。
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も ど る |
■ゆーさん
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■メタセコイヤ並木 ■着信:2008.02.19 ■滋賀県県マキノ町 ■ゆーさんホームページ
■一度、雪のメタセコイア並木を撮りたいがために、写真教室をさぼって行ってきました。
◆その割には絵が単調やな。人間誰でも、こういうできあがった定番の場所に立つと、「わーきれい」と感激する。そのまま何も考えずにシャッターを切ると、普通はこういう写真になる。どうしたらいいのといわれても、ボクも直ぐに解決策は思い当たらないが、やっぱりワンポイントかな。それが簡単な話じゃないから苦労する。
もう少し奥へ行くと、道路が勾配がらみのところがある。何かそのあたりで変化を求められないか。
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■在原雪景色 ■着信:2008.02.19 ■滋賀県県高島市在原
■メタセコイア並木のあと、年柄年中通行止めの電光掲示のある道を在原集落へ向かい、集落の方への迷惑をわびつつ、雪景色を撮ってきました。
◆実際の生活の場だから、どかどかとカメラを向けるのは遠慮しなければならないのがしんどいところ。さっといってさっと撮るということになるのだが、写真というものはそう簡単に一発できまるものではない。たとえばこの場合、太陽はほぼ自分の真後ろ近くにあったではないか。わらぶき屋根の左面と右面の明るさがほとんど同じである。次に行くときは、その2面の明るさの違うときに行く。それは何時頃か。この写真を撮った時刻から逆算すればいい。
左上の空が抜けている部分は、カメラを若干下へ向けてカットする。
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も ど る |
■kurarin
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■びわ湖バレイにて ■着信:2008.02.23 ■滋賀県びわ湖バレイ
■びわ湖バレイで初めてのスキー。お天気はよかったのですが、あいにく靄でクリアな写真にはなりませんでした。そんな中で近江富士独特の形がしっかり浮かび上がっていて、手前の琵琶湖・野洲川とともに大変印象的でした。
◆びわ湖バレイからの大展望。ここも「わーきれい」の場所。こういうモヤのかかった天気は、本当にシンドイ。どうしようもない。逆手を使って、露出補正でオーバーに上げてみるのも一つの手。全体が白っぽい風景に仕上げてしまう。忠、その白っぽい中に、ここというポイントだけは、きっちりと黒で決める。問題はそのポイント。たとえばリフトのポールだとか。
構図の上では、上半分の空は無意味だから、カメラを下へ向けて手前を写し込んだほうがよかった。できればそのとき、画面の4分の1ほど暗い部分を取り込むと、遠くが明るく写る。
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も ど る |
■森川邦昭
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■白樺林の夕映え ■着信:2008.02.26 ■北海道ニセコスキー場
■この林に入る事は禁止ではなく安全なところです。北海道はそれだけ広いスキー場です。所属スキークラブの許可を取って(3時間の別行動)の撮影です。
◆雪に落ちる白樺の長い影が印象的。その白樺が左右2つのグループに分かれていて、その間にスキーヤーが入っている。頼んで滑ってもらったわけではないだろう。とっさのシャッターとしたらうまくいった。
これからあとは、暖かい部屋でのんびりこの写真を見ての感想。手前にもう1本、大きく強い木があって、その影が向こうの白樺林に続いていたら、もっとよくなったのだがなー。
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森川さんのコメント(03/02)
ご指摘通りあの写真には光が当たっておりません。角度を考えているうちに影ってしまったようです。
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■耐える ■着信:2008.02.26 ■北海道ニセコスキー場
■あらかじめ見つけておいた被写体に晴れたら太陽光の45度を意識して撮影ポイントに移動しました。
◆ひょっとしたら写真と撮影者のコメントとが一致していないかも知れない。もし違っていたらゴメンナサイ。これは岳樺(ダケカンバ)かな。本州だと2000mを越えた森林限界近くに生えている。白樺と違って雪の圧力に耐えて、たいがいこのように幹が曲がってしまう。まさに「耐える」。
ということで、対象物と作者の思いは一致した。あとはその対象をどう捉えるか。奥の方に太陽が当たっている雪面があるのだが、肝心の木にはもう一つしっかりした光が当たっていない。これが苦しかった。そのためだろうが、画面左半分の枝と幹の重なりがややこしくなった。いっそのこと思い切って左半分をカットして、縦長の構図にした方がよかったかも知れない。
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森川さんのコメント(03/02)
[例えスキーでもいいから立てて撮る]→あまりきれいな光景で、逆を考えて人が去るのを待っていました。時には「すみませーん」とお願いしてまで退いていただきました。
[雲がいい]→これも反対のことを・・。
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■蝦夷富士 ■着信:2008.02.26 ■北海道ニセコスキー場
■1000mの世界は雲に覆われたり、晴れたりの繰り返しで、晴れを待つ時間が長く思えました。スキー場はスキーをするところとつくずく思いました。じっとしているととにかく寒いです。
◆でもいい条件に恵まれました。粘った甲斐あり。たなびく雲がいい。空もきれいで文句なし。あとは手前に何かワンポイントなかったかな。白樺の木があればいうことないのだが、なかったらスキーを立てるとか。しかしそれも暖かいところにおっていえること。寒い現地でそんなことできますかいな。分かるわかる。
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も ど る |
■HN
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■川蝉の食事 ■着信:2008.02.26 ■滋賀県野洲市
◆カワセミてこんなに大きな魚を食べるの?。3枚の写真の順番多分これでいいと思うのだが、間違っていたらいってください。最初くわえたときは、魚の体が縦になっている。それをひょいとくわえなおして(その間に落としたら一巻の終わり)・・・。話に聞くと、このあと魚の頭を自分ののどの方に向けてくわえ直すらしいが、それが写っていたら完全やった。
ボクらカワセミが飛んでるところをたまたま見るだけで、じっと止まっているところなど見たこともない。ましてや魚を食べているところなど。これはHNさんにしか撮れない写真。わいわい村の特産品として売りださなあかんね。
これだけ撮るには苦労もあるはず。後学のために教えてください。 |
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も ど る |
■ND
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■雪晴れ ■着信:2008.02.26 ■滋賀県湖南市長寿寺
■雲と屋根の雪の構図を考え撮影しました。
◆澄んだ冬空に葉っぱを落とした木の枝。そこに白雲が2つというか、3つというか。いいですね。ボクの好きな構図です。 全体のムードとしては文句なしなんだけど、絵としてはどうだと考えると、もう少し右がほしかった。雲もそうだし、木の形としても、そういう欲求不満が残る。それともう一つ、多分もんだと思うが、雪の屋根。これがドンと水平方向に置かれていることが重たく感じるし、左右が窮屈。
ということで解決方法を考えてみると、方法は2つ。
1.レンズをもう少し短くする(さらにワイドにする)。
2.カメラ位置をバックさせる。
さてこの場合、1・2ともに不可能なら、これ以上写真は変わらない。
1が可能なら、右側へ画面を広げる。この場合は、写る範囲は広がるが、木、雲、屋根の大きさの割合は変わらない。
2が可能なら、上と同様写る範囲は広がる。しかし、この場合は1と異なり、木、雲の大きさはほとんど変化しないが、屋根は小さくなる。と同時に、雲と屋根の距離が大きくなる(屋根から雲が離れていく)。
この屋根は、木の下にひっそりとたたずむ、そんなイメージがぴったりだと思う。もし1・2ともに可能の場合、ボクは2を推す。
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も ど る |
■TN
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■雪の比良・1 ■着信:2008.02.26 ■滋賀県草津市? ■TNさんホームページ
■この日(2/21)だけは快晴で遠くまではっきり見渡せて特に比良がきれいでした。空の青さもこの冬一番だった気がします。
◆カモが驚いて逃げていくところかな。もうちょっとゆっくり逃げてくれたらいいのにといつも思う。
画面手前に、そのカモの航跡を入れて、空を詰めた。構図はOK。矢橋の北橋かな?。これが若干目障りだけれど、琵琶湖の一つ風景だとして辛抱するか。
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も ど る |
■S.T
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■朽ちた屋敷 ■着信:2008.02.26 ■奈良県
■建国の日のMBS主催「古墳ロード・山辺の道ラジオウォーク」に参加しました。 藁葺屋根を見る限り廃墟と思われますが白梅は今年も芽吹いています。
◆「故郷の廃家」、かつては隆盛を極めたであろうに、人の世の悲哀を感じる。
ちょっと細かいことをいうようだが、お許しを。画面右下、斜めに差す光を見ていただきたい。上半分壁が剥落していない部分の光は穏やかで、崩れた部分の反射光は鋭く強い。どちらが廃屋を強く意識さすかいうまでもない。と考えると、画面中央の2本の光、これをポイントにするべきだった。そこまで近づいて撮れば、作者がいう白梅ももう少しはっきりしたのではなかろうか。
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森川さんのコメント(03/02)
先生のアドバイスが勉強になります。
例:[竹之内環濠集落]→二つに分かれる。従い、左を軽くする・・・・など。
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■竹之内環濠集落 ■着信:2008.02.26 ■奈良県
■野武士から守った竹之内環濠集落。
◆堀を巡らした住宅。このような歴史的遺物が残っていること自体すごいこと。さてしゃく者はこれをどう見たか。最初に着目したのは、多分いちばん奥の白壁だっただろう。自然の成り行きとして、それが中央に来た。ほとんどの場合、それはそれで大きな問題はないのだが、この場合は結果として、画面の構成を左右に2分させることになってしまった。この場合、写真の眼目は「堀を巡らす集落」にあるのだから、左半分はもっと軽く押さえるべきだった。
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■切干大根 ■着信:2008.02.26 ■奈良県
■軒先に一度茹でてから干してある切干大根
◆多分とっさのスナップだろうから難しいな、こういうのは。作業場全体の雰囲気を出そうとすれば、大根が何か分からなくなるし、大根をアップすれば全体が分からなくなるし。とおいうことで、組写真という発想が出てきたのだろうが。いまは単写真として見るしか仕方がない。
左端のボケも多分大根なのだろうが、レンズが長かったからちょっとわかりにくくなってしまった。それと右側の支柱。これはどうしようもないのだが、目障りにはなる。現場の様子が分からないから、これ以上何ともいえないのだが、たとえば、もう少しレンズを短くして、手前のボケの部分を大きく撮り、ピントもそこへ持ってくる。そうなれば、右の支柱も目立たなくなったのではないか。しかし、そこまで近寄れたかどうかは分からない。
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も ど る |
■NSKT
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■離水(上)・飛翔(下) ■着信:2008.02.28
■滋賀県琵琶湖岸 ■NSKTさんホームページ
■根気、体力、チャンス、これに限る。
◆ご存じNSKT親分の白鳥。どうしたらこんなにうまく白鳥が芸をしてくれるのか。上の「離水」の水しぶきもさることながら、「飛翔」の羽の濃淡、この見事さは。ボクなどがたまに白鳥を見かけても相手は知らん顔をしてじっとしているだけ。こんな芸は見たことがない。
ということで、ボクはNSKTさんに「白鳥の親分」という尊称を奉っているのだが、親分の言葉によると「根気、体力、チャンス」だという。そうだ、わいわい村特産として『根体チャ』というお茶を発売しよう。ウーロン茶より遙かにうまいし、値打ちもある。
冗談はともかくとして、われわれはともすると、「こんなチャンスは滅多にない」などと、チャンスが勝手に向こうから手をたたいてやってくるようなことをいう。しかし、そのチャンスをつかむのは「根気」である。根気よくやっていればこそ、そのチャンスに巡り会うことができる。
寒い琵琶湖で、じーとチャンスを待っているNSKTさんの姿を思うにつけ、暖かい部屋でワープロを打ちながら、口で写真を撮っているようなことを書いているボクなど、何もいう資格がない。さらなる精進を願うのみである。
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も ど る |
わいわい村開村記念 ”よなべ”眠いけどもうちょっとがんばろうね |
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■S.Tさんの「熊野古道」より
◆これはラフォーレ琵琶湖デジカメ教室用としてS.Tさんが送ってくださったものですが、興味深い内容でしたので、開村記念として利用させてもらうため、こちらへ拝借しました。
◆ご存じ「熊野古道」の1シーンです。杉の木の間から漏れ来る光が一条、これがきいています。この光の両側の木は、どういう状態で生えていたか、厳密なことは分かりませんが、仮に平行だとします。石畳上をこちらへ伸びてくる光は、手前へ来るほど広がってくるように見えます。たとえば、柱とドアの隙間から懐中電灯で照らした光は、このように広がります。
◆ところが、太陽は無限の遠方にありますから、2本の木の間を通り抜けた光はこのように広がりはしません。このとき誰か暇な人がいて、光の幅を測ったら、手前も向こうも同じ幅のはずです。こちらへ来るほど広がって見えるのは、広角レンズの遠近感描写によるものです。(使われたレンズは、広角ではないかも知れませんが、少なくとも長いレンズではないはずです)。石畳の面とカメラの軸とが斜めに交わることによる遠近描写です。
◆次に杉の木を見てください。すべての木がほぼ鉛直に写っています。鉛直というのは、建物の柱の方向です。これはカメラが水平方向を向いていたということです。広角レンズでカメラを上へ向けると、建物は上が細くなるように写ります。すなわち柱の間隔が上へ行くほど狭くなるということです。木を下から仰ぐようにカメラを向けると上が細く写るのと同じです。逆にカメラが下へ向くと、下へ行くほど間隔が狭く写ります。
◆建物の柱の間隔を上から下まで、同じ間隔に写そうとしたら、柱の方向(壁の面)とフィルムが平行でなければなりません。たとえば、額に入った絵などを撮影するとき、いい加減に撮れば、必ずどちらかが狭くなります。これは絵の面ととフィルムの面とが平行でないからです。
◆ピサの斜塔のようなものを除けば、建物の柱は必ず鉛直方向ですから、歪みをなくして撮るためにはフィルムも鉛直でなければなりません。普通のわれわれが使うカメラは、すべて軸とフィルムは垂直ですから、フィルムを鉛直に保つためには、カメラが水平方向を向いていなければならないということです。フィルムの面と石畳は平行ではありませんから遠近感が出ます。それが最初に述べた太陽の光の手前への広がりです。
◆念のために、これはカメラは必ず水平を向いていなければならないということではありませんから、誤解のないように。S.Tさんが撮られた状態がたまたまそういう状態だったということです。もし、杉の木群をこのように平行に撮りたければ、カメラを水平に向けるといいですよという話です。
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