■2017年04月30日 |
■浮き漁礁 |
大津市雄琴3丁目 |
きのうのあずま屋の前へ出た。これだけで風景が変わる。右から出てくる岬の延長線上に2本一組の断続的に細い線が見える。それが左右に2組、右の方は木の影になってわかりにくいが、左の方は画面左端にはっきり見える。以前は大きな球が数珠のようにつながっていたのだが、いつの間にかすっかりやせ細っている。どうしたのだろう。
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■2017年04月29日 |
■右へ傾く |
大津市雄琴3丁目 |
国道からよじ上った高台の広場に、長崎のグラバー邸を思わすようなあずま屋が建ち、公園は「かざみ公園と」と名付けられた。あずま屋の屋根についた風見鶏に由来するのだろう。最初は面白いものが建ったと、喜んで撮っていたが、何度撮ってもほんの少し右に傾いて写る。そのころは中判のフィルムカメラだったから、もちろん三脚使用。傾くはずはないのだが。
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■2017年04月28日 |
■2本の砂嘴 |
大津市雄琴3丁目 |
大津市雄琴北の高台である。眼下に琵琶湖が広がる。右側からウサギの耳のような砂嘴が2本。どちらも雄琴川が作ったものである。察するに手前の方が1本目、その後沖の2本目に切り替えられた。いま3本目がさらに右の方へ曲げられている。私が出会ったころは3本目だったと思うが、今のような堤防はなく、砂地の中を細く琵琶湖へそそいでいた。
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■2017年04月27日 |
■どだい無理な話 |
東近江市百済寺本町 |
国道307号道の駅マーガレットステーションから脇道を百済寺の方へ走った。平和祈念館を過ぎたあたりでアッと息をのんだ。道路の両側が一面に黄色、菜の花である。しかし普通の菜の花とは色が違う。冴えた黄色といえばいいのか。とにかく明るい。初めて出会った黄色だった。2,3日して京都新聞に写真入りの記事が出た。なんでもナタネ油を採取するためのもの
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■2017年04月26日 |
■砂防ダム・一応結 |
野洲市南桜 |
話を戻す。一昨日レポートした堰堤トップ右側。そこからダムの内側を見るとちょっとした舗装道路が続いていく。どこへ行くのかとたどってみるとちょっとした峠を越えて下りになる。いつの間にか車が通れそうな道になって行く手に名神が見える。そして、山際を回ると次のダムが現れた。これが昨日レポートした「さかしな川」とあるところである。そこから三上山は見えない。
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■2017年04月25日 |
■まだ砂防ダム |
野洲市南桜 |
しつこいけれどもまだ砂防ダム。こういうどえらい建造物では、立つ位置によって見える風景が変わる。とりあえず上りやすいほうへ上る(これがきのうの話)。しかし、必ず反対側がどうだろうと気になる。ということできょうは左側の話。 | ||
■2017年04月24日 |
■またまた砂防ダム |
野洲市南桜 |
3月の末に朝日放送TVのディレクターに南桜の砂防ダムを教えられたことを書いた。ところがその後、南桜の菩提寺山周辺の地図を見ていて、それ以外に2基の砂防ダムが作られていることに気がついた。この前の場所より北に当たる位置で、GoogleMapの地図では表記されていないが、航空写真モードに変えると新たに2基の姿が写っているのである。擁壁に埋め込まれ
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■2017年04月23日 |
■古武士を偲ぶ・3 |
野洲市南桜 |
きのうの標題写真に見るようにかつての大山川はいまのさくら墓園の外側(三上山側)をまくようにして、いまの南北桜橋のあたりへ出てきていた。それが現在のように直線でつながった時点で、古武士はその右岸に忽然と姿を現した。これがおよそそのころの地図(赤丸が古武士が立っていた位置)である。「煙霧孤峰」を撮ったときに、上のバス道あたりから見ていた
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■2017年04月22日 |
■古武士を偲ぶ・2 |
野洲市南桜 |
何を書いているのかわからなくなってきた。できるだけ早くまとめます。もう少しご辛抱を。いつかも書いたようにフィルム時代の古武士が残っていないか、洗いだしてみた。そのときに思っても見ない写真(標題写真)が出てきた。山麓の集落が北桜。中央の白い鉄塔はいまも北桜・南桜連絡道路の近くに立っている。が、その道路はまだない。手前、ホッケーのスティックを
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■2017年04月21日 |
■古武士を偲ぶ |
野洲市南桜 |
古武士の桜について、私の手元に残っているもっとも古いのがきのうの標題写真である。何度も書くが1991年4月の撮影。忽然と姿を現した。ひょっとしてそれ以前にも目にしていたかもしれない。しかしその記憶はない。私が知っているのはその後半生、いやひょっとしたら老年期だけだったのかもしれない。その数奇な運命は大山川改修工事とともにある。
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■2017年04月20日 |
■古武士追悼 |
野洲市南桜 |
昨日見てもらった写真と同じ構図である。撮影日も同じ。1991年4月14日。ただし撮影時刻が違う。私は1994年に定年退職した。現域時代、桜の撮影は難しかった。開花期間中におそらく1回しかない日曜日が好天であるという条件が必要になる。この年は開花が遅く、4月14日がその貴重な日だった。 ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月19日 |
■古武士逝く |
野洲市南桜 |
さくら墓園の古武士、と書いて分かってもらえるかどうか。とりあえず現役時代の姿(1991年4月14日撮影)から。20数年前の撮影だが、背筋を伸ばしてすっくと立つ姿に、そのころから古武士の風格があった。『近江富士百景』に収録し、”かつては松の老木を中心とした林になっていたが、大山川改修工事・公園墓地の造成のため伐り払らわれてしまい、この桜の古木だけ ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月18日 |
■荒れる |
野洲市南桜 |
日本列島に強風が吹き荒れた。長かった今年の桜も終わる。風景は一気に新緑に。 | ||
■2017年04月17日 |
■僅かなずれ |
野洲市南桜 |
御上神社前から北桜へ向かう県道27号が、三上山の麓、近江富士団地の近くで大山川を斜めに渡る。その左側にできる三角形の農地である。上流部から続いてきたさくら緑地の下流部に当たる。木の大きさが上流部よりは小さいが、それでも最近はしっかり目立つようになってきた。 | ||
■2017年04月16日 |
■夕日に映える |
野洲市南桜 |
爽やかに晴れ上がった春の日の夕方、写っている道は南桜集落から旧甲西町へ向かう県道27号旧道である。御神神社前から旧甲西町へ向かうとき、以前はいったん南桜集落の中へ入り、この道経由で旧甲西町へ向かっていた。その旧道沿いの斜面に植えられた数本の桜が、最近ぐんと成長してきれいな花をつけるようになった。バイパスを通るたびに気になっていた ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月15日 |
■遠い桜 |
湖南市正福寺 |
見慣れたこの風景が新鮮だった。湖南市正福寺、野洲川右岸と十二坊に挟まれた農地。その中を国道1号バイパスが走る。広々とした田んぼの真ん中に最近信号がついた。撮影場所はその信号のすぐ横。大きな建物は右が生田病院、その左、小ぶりな建物が”ケアセンターこうせい”。以前は梨畑だったこの場所、県道27号のバス停も「果樹園前」だった。それに替わって ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月14日 |
■ひと遊び |
湖南市岩根 |
風景が変わる。・・・?、あんなところにサクラがあったかな。水口からの帰り 1号バイパスを走っていて気がついた。甲西北中学の近くである。この道が開通して10年になるはず。何回走ったかわからないが、このサクラに気がついたのは初めてだった。改めて出かけていった。撮影場所は甲西橋北詰の”国道岩根花園”交差点。例によって左に菩提寺山が並ぶおなじみ ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月13日 |
■ちょっと外側 |
湖南市中央3丁目 |
この時期には風景が変わる。というより、いかに普段は風物を見ていないかということだけど。湖南市野洲川の甲西大橋、左岸下流にグランドがある。たびたび行くところではないが、いつ行っても人はいない。が、この日(4月12日)はどうしたことか、休日でもないのに結構年輩の人たちが野球をやっていた。左中間後方に三上山が見える形で、レフト線外側の道路に ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月12日 |
■雨桜 |
野洲市南桜 |
いままでは、雨なら前で仕方がないじゃないかと思っていた。止まない雨はないのだし、晴れたときに行けばいい。いまもその考え方は変わらないが、きのう、降り続く雨を見て、きょうみたいな日に撮ったらどうなるだろうかとふと思った。暗い山ぎわをバックにすれば色は出るだろうが、私の場合はどうしても空がバックになる。むちゃくちゃ黒い雲なら別だけれども普通の ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月11日 |
■ああ、看板が |
草津市志那町 |
平湖である。手前の桜を撮りたいので湖岸道路へ。田んぼより2mほど高さがあるので、多少効果があるかと思ったが、思ったほどでなし。西北の角に大きな木がある。それを狙っていってみたが、立て看板が2枚も。1枚は「湖の中に砂を50cmほど入れています…云々」と。これはずいぶん以前から立っていた。もう1枚は「農道につき・・・・」。以前は池畔まで車を ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月10日 |
■傾いた桜 |
野洲市市三宅 |
桜が咲いたというのに天気がパッとしない。ナタネ梅雨だという。ここは先月、竹やケヤキが伐採されて見通しがよくなった市三宅の旧野洲川北流堤防上道路。川沿いの小道に若い桜の木が植わっている。私としては初めて見る桜である。曇り空で、花が空へ出るとつらいが、上から見下ろす風景だから何とかなるだろう。切られた竹がそのままになっている。完全に ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月09日 |
■山が動いた |
大津市真野5丁目 |
昨日の撮影場所から県道(旧国道161号)を琵琶湖大橋の方へ進むと、琵琶湖側に大型店舗が並ぶようになる。状況がわからない人から見れば、その向こうがすぐ琵琶湖であることはほとんど感じられない。しかし注意して見ているとところどころ建物の間から琵琶湖が見える。当然対岸に立つ三上山はすぐそこに見えそうだが、そうは問屋は下ろさない。真正面に見える ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月08日 |
■小野湖岸 |
大津市小野 |
湖西線小野駅裏の国道161号と書いて、待てよ。ふと気がついて確かめてみた。案の定、上を走る湖西道路が161号になり、湖岸を走る道路は県道558号になっていた。湖西道路に合流する近江舞子の少し北まではこのナンバーだ。駅は山側(ローズタウン側)が正面で、琵琶湖側を走るこの道はまさに駅裏。駅から琵琶湖大橋側の湖岸には大型店舗が並ぶが、 ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月07日 |
■春霞 |
大津市木戸 |
湖西・びわ湖バレー口の北にある清林パーク。相撲の行事の開祖・志賀清林にちなむという。以前来たときにはどこかに記念碑があったような気がするが、このときは見落とした。駐車場の横から一気に一段上の広場まで上る階段があって、そこへ上ると眼下に琵琶湖が広がる。晴天も3日もつずくと霞がかかる。見上げる比良山は晴れ上がっていたが、対岸の三上山は ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月06日 |
■モクレン |
野洲市南桜 |
これも桜が咲くまでの期間限定である。野洲市南桜の公園墓地駐車場横のモクレン。墓地が完成した時に植えられ、最初のころは独立していて、自由なアングルがとれたが、その後周囲の木が茂りだし、それらに隠れてほとんど絵が作れない状態になっていた。 | ||
■2017年04月05日 |
■折れた木 |
野洲市野田 |
写真の調整が難しくなってきた。1月や2月なら、1週間や10日ずれても全く気にならなかった。ところがここのところはそうはいかなくなってきた。季節の進みが速く撮った写真がすぐ古くなってしまう。たとえばきょうの写真、さくらの直前に咲く花で、桜が咲いてしまうと使えなくなる。野洲市近辺の桜はいま開花直前というところ。この花の撮影は4月2日の午後。賞味期限は、 ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月04日 |
■見えない山が |
近江市大覚寺町 |
きのうの弁天さんの池よりさらに700mほど右へ寄った。近江市大覚寺町、三上山は見えない場所である。標題写真は三上山が見えないことの証明として撮ったものである。現場から回れ右をすると、大覚寺というお寺に向かう道が続いている。左右に横切っているのが県道である。心覚えのつもりで分かりやすいところから撮った。昨日の写真についていえば、鏡山を基準 ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月03日 |
■右か左か |
東近江市平尾町 |
昨日の北野神社近くから、県道とほぼ平行に400m余り移動した。と、また小さな池が現れた。右手前に小さな出っ張りがあり、小さな祠と鳥居が見える。大概こういうのは弁天さんである場合が多い。いまは近寄っていないから正体不明。その向こうに工場の建物が見える。この建物がなかったらかなりの風景であっただろう。池と工場との間に県道が走っている。 ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月02日 |
■森の上 |
東近江市平尾町 |
東近江市平尾町、東光寺の参道沿いに小さな農業用水池がある。上下2段に分かれていて、一度、東光寺の帰りにその下の池には寄ってみたが、ああここに池があるなぐらいで帰ってきていた。先日その山裾を通る県道508号を歩いていて、北野神社という神社があるのに気がついた。落ち着いた神社である。その前から上を見ると段々畑の上に展望台風の柵が ・・・・続きを読む | ||
■2017年04月01日 |
■屋根の上 |
野洲市南桜 |
砂防ダムからの帰り、南桜の集落内を歩いていて、あっと思った。茶室(だと思う)がある風景。すぐ近くにお寺があった。広い風景をもう1枚。ダムへ続くトンネルのすぐ手前である。何やこんなとこだったのか。10数年前のことを思いだした。 |