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アルバム  NO.11
2010.10.10
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 雨上がり  YMMT-j
 アジサイだろうか、アップされた花びらに雨のあとの水滴がつき、それに花びらがしっかりと写っている。像としての花びらが、実在のもののようにも見え、結果として、せっかくの水滴が存在感をなくしてしまった。実際には難しいことだが、同じ花びら以外のものが写り込むと水滴の存在感が強くなったのだが。

 ローアングル   MRSK
 ローアングルという題だが、カメラの高さはランナーの腰の辺りで、題にするほどのローアングルではなさそうである。足にハイライトのラインが入り、結構いい光線だが、それが災いしてランナーの身体の大半が影になって、奥のテントの暗い部分に吸収されてしまった。アングルが苦しかった。

 チョウの楽園  NGC  
 野口さん得意の花とチョウ。花の配置ピントなど文句なし。バックのライトブルーのボケなども爽やかさを感じさす。半円形の黒いボケさえなければ・・・というところ。何がどうしてこのボケになったのか、いろいろ考えてみたが、その理由が分からない。

 つゆくさ  INUE  
 井上さん得意のアップもの。葉の産毛から花びらの水滴までピントは文句なし。青と緑の中で、黄色の花弁が結構目立つ。それにきっちりとピントが来ている。あえていえば、花が若干上に詰まりすぎたか。ただうっかり下げると、日の丸構図になりかねない。難しいところである。

 海辺の集落  ICK
 2辺を海に挟まれた三角州のような地形に、民家がひしめき合っている。それらの屋根がキラキラ光る。それだけを「どんなもんじゃ」とアップした。印象の強い写真である。左上の海面がキラキラ光っていてもよかったか。

 虫用キャベツ  YMD
 題の意味は、このキャベツは虫に与えたということだろうか。そのかわりほかのキャベツには手を出すなよ。そんな平和協定が成り立つのだろうか。写真としてはキャベツにだけうっすらと光が当たっているようで、そういう点でうまくいった。なぜ土の面が暗くなっているのだろうか。よくは分からないが。

 野洲川の朝  IMGW
 野洲川河口の朝だという。たくさんの鳥が舞っている。うまく出くわすとこんな瞬間があるのか。これが1分足らずの間にみなどこかへ行ってしまうのだろう。まさに一瞬の出会い。右側の建物の白い面が朝陽を表現して象徴的。

 秋の気配  MTOK
 上から垂れてくる萩の一枝をアップした。題して「秋の気配」。バックもうまくぼけているのだが、ピントがやや後過ぎた。多分近寄りすぎて、カメラの最短撮影距離の限界を超えたのだろう。左からの光も結構しっかりしているのに、惜しかった。

 竹 林  TNK
 すっくと伸びた竹。それを下から見上げるように、太陽と組み合わした。メインの竹がやや太すぎたきらいはあるが、右下からのサブの竹が近かったことによるのだろう。このようなとき、太陽を何処まで隠すかで、絵が変わる。何回か撮ったうちの1枚だろうが、この場合はちょっと太陽を出し過ぎたか。

 花火の芸術  MYT
 誰かが花火を両手に持って、ハート形に振り回した。火花が散って、そのときの風も感じられる。夏の夕べの思い出として、面白い写真である。できれば、花火を振る人物の顔がハートの中にはいるよう、手の高さなどを演出するとよかっただろう。また来年か。

 夕日を送る人   KJM 
 ”山の淋しい湖に…”、「湖畔の宿」の旋律が聞こえてきそうなシーンであるが、これが結構難しい。どうしても対岸の山がどーんと黒く重くなる。太陽を入れると余計その感じが強くなる。人物を配したのだが、頭が対岸と重なってしまった。これはカメラの高さの問題で、どうしようもない。モデルに背の低い人を選ぶか、姿勢を変えるか。カメラが何処か高い場所を探すか。

 帰り道   NKMR-k 
 雨の公園。傘をさして階段を下る人々をシルエットで捉えた。木の表情も面白く、影絵を見るようなシーンである。人物の向こうの空間の事情が分からないが、ここを白くとばしたのが成功した。もし、撮影時からこの情景をイメージして、モノクロームで撮っていたとしたら大成功。

 朝霧の久多   SRI 
 紙焼きは全体に暗く表現されていた。スキャニングすると特に調整したわけでもないのに多少明るく上がった。 ふつう霧は夢幻的でロマンチックに見えるが、それが明るい霧であっても、写真に撮ると全体が暗くべたっと写る。白い紙でもオートで撮るとネズミ色に写るのと同じ理屈である。撮影時点でプラス補正しておくと助かる率が高い。

 赤ん坊   MTNM
 子供のころ、金太郎の人形にこんなイメージの顔があったの思い出す。正直な光が顔の正面から当たっている。左下に白抜けがある。意味が分からなかったが、聞けばこの写真は大きな写真の部分を接写したのだという。手の込んだことをしたものだが、ほとんどそれが分からないぐらいにうまくいっている。そのときの唯一のしっぽがこの有害光線らしい。

 コスモス   MBYS
 花の配置は文句なし。左上に2輪をコンビで持ってきて、右下に小さくもう1輪。うまくいった。2輪の花の間に上から黒いボケが垂れているののと、メインの花の右上、白いボケがが気になる。こういうバックの状況はファインダー内では見極めがつかない。できるだけ肉眼で見るよう心がげたい。

 秋の花   ATRS
 彼岸花にモンシロチョウがやってきた。羽に適度のブレがあり、飛んでいることがよく分かる。このチョウがきいている。花が多すぎて、ごちゃごちゃしているのが気にはなるが、チョウのお陰で全体が生きた。光がたりないのがしんどかった。

 あれ虹が   MRKM
 確かに虹は出ているのだが、画面で何処まで出てくるか。ちょっと心配である。その虹が画面では右端に追いやられた。どうも左の三上山を意識してのことかと思われる。この際、山は捨てて、虹をはっきり出すことを第一目的にすべきだった。

 さわやかな朝   TNZK
 題の通り爽やかな写真である。花の色彩、バックの表情、これらが淡い色調で統一された。これが全体の爽やかさにつながった。ここまでは文句なし。多少気になるのが、花とトンボのバランス。この場合トンボも大きなポイントだから、花の右を切ったほうが、花とトンボのバランスがよくなるだろう。

 滝と少年   YND
 滝壺で少年が何かやっている。やっている内容は読みとれない。これがしっかり分かると、少年がメインになって、滝はあくまでバックになるのだろう。人間誰しも、自分の関心のあるものを意識する。米田さんからすればあくまで滝がメインであって、少年はそこへ飛び込んできたということだろうが、できあがった写真は、前後関係が逆になっていた。現場を第三者の目で見直すことも大事なことである。

 夏 空   OOT
 凄い量の雲だ。山の向こうからわき出てくるような。それはそれでいいのだが、この写真を見ていると、それだけで終わってしまいそうな。”その日は雲が多い日でした”ということだけで終わらせない何かがほしい。

 チョウが舞う   NKMR-m  
 2匹のチョウが舞っている。1匹は止まっているとはいえそれもいつ飛び出すか分からない。それらを一つの画面に収めた。それもかなり長いレンズで。これは根気のいる仕事だったろう。フィルム時代にこんなことをやろうとすれば、フィルム代がいくらあってもたまらない。見事に決まった。

 影  HYS  
 立てかけたすだれ越しの光、そして影。印刷で何処まで見えるか分からないが、拡大してみるとそれらがネットがかけられたように見える。それがこの写真の面白いところで、実はネットと見えるのは、ベランダの床に敷いたPタイルの模様だという。そういえば床に置かれた観葉植物にはネットはかかっていない。面白い写真である。

 湖上の彩り   KDM  
 5艘のウインドサーフィンが規則正しく並んでいる。シンクロの練習でもしているのだろうか。児玉さんはその規則性を意識して撮ったのだろうか。題を見るとそうでもないようだし。波もさほど強くないようだし、優等生の模範演技を見るようで、何となく、ああそうですかで終わってしまいそうな。矢張り何らかのアクションがほしい。

 黄色のジュータン   NMR  
 ジュウタンというよりはむしろ菜の花畑の断面を見るような。多分右の奥の方も菜の花らしく、凄い量なのだが、Oさんの雲の量と同じで、”凄いな”で終わってしまうような気がする。これを越えるのがしんどいんだ。さあどうする。



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